0.はじめに
本日の記事は、クオードによるベルマ逮捕を多角的な視点から研究したもので、元々はある別の問題を考察するための資料集めをしていたさいに自然に組み立てあがった内容を元にしていま~す。
登場人物たちの言動の合理的解釈を通じて、可能な限り当時のエテーネ王国の法制度などを推測していくという手法を採用しておりま~す。このため、地球の法学を参考にしつつもそれを先入観にしないという、かなり困難な態度を余儀なくされました。
でも書き終えてみると、それなりに満足のいく記事になりました。
1.ベルマたち指針監督官は軍人であり、軍法が適用される予定だった。
ゼフはベルマたちについて「さっきの軍人たちは 指針監督官といって」と紹介してくれま~す。
またベルマも「指針監督官は エテーネ軍の特務機関だ」と自称していま~す。
そしてクオードはベルマを逮捕するさいに、「一介の軍人でありながら」・「軍法にのっとり この者を追って処罰する」と発言していました。
このことから、ベルマたち指針監督官は軍人であり、軍法が適用されるとわかりま~す。
この設定は後々の解釈で重要になっていきま~す。
2.抗議を受けたけど逮捕は完全に合法
刑法には法益保護機能の他に、人権保障機能という機能がありま~す。これは大雑把にいうと、刑法には「これらの法に違反しなければ、あとは何をやってもいい」という自由を保障するという裏の意味もあるということで~す。
ベルマ本人は、指針書にもこうした人権保障機能があると本気で思い込んでいたらしく、「指針書に従った私が なぜ 罰せられるのだ!?」と抗議していました。
この抗議に理論面から答えるなら、雑貨屋の本棚にあった『王国移住者向け 指針書要覧』が使えま~す。ここには「王国は 国益保持のため 指針書に違反する者を 指導監督し 国家反逆罪で 裁くこともある」とありま~す。つまり、「指針書に違反する」という行為は、国家反逆罪の一類型に過ぎないわけで~す。さらにこの国家反逆罪に他の罪と区別するための名前がついている以上は、これまた数ある犯罪の一つにすぎないということになりま~す。
現実の日本で、無数の犯罪の一つである窃盗罪のそのまた一種である「万引き」をしなくても、スリなどの別の種類の窃盗罪か横領罪などの別の犯罪を犯せば、刑罰を課せられることもあるので、「万引きするな」という張り紙には、仮にそれが政府広報であったとしても、人権保障機能がありませ~ん。それと同じことで~す。
次に事実面では、当時指針書原理主義者だったルクス*1が、この件については一切不満を持っていませんでした。
以上の理論と事実により、ベルマの抗議は見当違いで~す。
本人が即興で思いついた抗議以外の理由で違法となる逮捕も世の中にはありますが、本件はそのケースにも該当しませ~ん。
なぜなら、後に再会したベルマ自身が「ドミネウス陛下から 恩赦をたまわり」と発言していま~す。「無罪または違法逮捕だから勾留取り消し」ではなく「有罪だけど恩赦」という形式が採用されたようで~す。つまり司法権と指針書の元締めであるドミネウスからみても、クオードによるベルマ逮捕は合法的であり、ベルマは本来は有罪であったのでしょう。
以上により、クオードのベルマ逮捕は完全に合法で~す。
3.罪状
クオードは逮捕にさいして「おのが職分を越え 国民を脅迫した罪」と「得体の知れない 怪物を使役して 国民に危害を加えた罪」とを挙げていま~す。
「得体の知れない 怪物を使役して 国民に危害を加えた罪」については現代ジパングの「暴行罪」または「特別公務員暴行陵虐罪」みたいな雰囲気ですが、おそらくこの罪で裁くのは難しそうですね。
まず、攻撃態勢になかった強化異形獣の顔面を先制して殴って勝手に手を痛めたのはリンカさんの自業自得で~す。
そのあとで強化異形獣・狂が暴れたのは、シャンテさんの大声のせいで~す。そして暴れた異形獣が未来からやってきた謎の四人組に危害を加えたのは事実ですが、これはベルマたちに使役されて暴れたわけではありませ~ん。
エテーネ王国の軍法会議で、行為と結果との間にどのような因果関係があれば有罪になることになっているのかは不明ですが、この時点で「怪物の使役と怪物による危害との間に因果関係なし」として無罪となる可能性が高いで~す。
強化異形獣が、シャンテさんの大声以外の他の些末なことでもすぐ暴走すると証明できれば、「そのような危険な怪物を連れまわすこと自体が危険な行為であり、暴走はその危険が現実化したものだ」といえなくもないですが、それを証明するための異形獣は倒されたとたんに体の大部分が魔瘴の霧になってしまいました。
加えてクオードの発言の解釈によっては、この犯罪の被害の客体が「国民」に限られている可能性もありま~す。
繰り返しになりますが、エテーネ軍法の詳細が不明なので、絶対無罪だとまでは言い切れませ~ん。でも文化的に類似性を持つ現代ジパングの法理から察するに、「得体の知れない 怪物を使役して 国民に危害を加えた罪」についてはかなり無罪の確率が高いといえましょう。
「おのが職分を越え 国民を脅迫した罪」については、現代ジパングでいうところの「脅迫罪」ですね。そしてわざわざ「職分を越え」とつけ加えているということは、場合や程度によってはベルマの脅迫は正当業務行為として違法性が阻却されるのでしょう。そして今回はそれを越えてしまったのでしょう。
ゼフの店の初回訪問で「拒否すれば 国家への反逆とみなすぞ」・「厳しいお仕置きが必要かな?」などと脅していたときに逮捕されなかったのは、これがギリギリのところで職分の範囲内の脅迫だったからなのでしょうね。
そして残響の海蝕洞でついに逮捕されたということは、逮捕直前の「お前たちは ひとり残らず牢獄行きだ。 全員まとめて 処刑してやる」などの発言が、ついに職分を越えた脅迫とみなされたのでしょう。
では具体的にどのような意味で職分を越えたのでしょうか?
実はこれについては成文での典拠がありま~す。冷静だったころのベルマ本人が、キィンベルの掲示板に「時の指針書に従わぬ者を 発見した場合 国王の権限において すべからく処罰する。 指針監督官ベルマ」と書いていま~す。
つまり指針書違反の罪の処罰の権限は国王にあるので、ベルマには「全員まとめて 処刑してやる」権限はありませ~ん。
しかも「処刑」とは一般に「死刑執行」を意味しますが、この発言の時点ではエテーネ王国では一般人への死刑は廃止されていました。
よって仮にベルマにも現場の判断での処罰権限があったとしても、死刑を選んだ時点でそれは違法な殺人行為の予告となりま~す。
4.部下たちは無罪の可能性も高く、実はクオードもそれに配慮していた。
前章でこれこそが「おのが職分を越え 国民を脅迫した罪」にあたると認定したベルマの発言は、三人の意思の連絡の下での発言というよりかは、頭に血が上ってベルマ一人が暴走した結果の発言である可能性が高いですね~。
そしてそれまで三人でやってきた横暴の多くが、ぎりぎり犯罪には当たらない可能性が高いことと、もう一つの「得体の知れない 怪物を使役して 国民に危害を加えた罪」については冤罪の可能性が高いことは、前述のとおりで~す。
よって取り調べの結果、「いざとなったらああいう内容の脅しをすると、事前にベルマと共謀した」という事実の証明ができなかった場合、部下たちは不起訴や無罪になる可能性が非常に高いわけで~す。
ここで先ほど紹介したクオードの「一介の軍人でありながら」と「軍法にのっとり この者を追って処罰する」という発言を思い出しましょう。
「一介の軍人」とは「一人の軍人」のやや卑しめた表現であり、「三人の軍人」という意味ではありませ~ん。
また「この者たちを追って処罰する」ともいっていませ~ん。
つまりここで卑しめられているのも処罰を予告されているのも、ベルマ一人であって、部下たちはその対象ではないということになりま~す。
部下たちを卑しめず今後の処遇についても語らなかったのは、クオードが彼らの無罪の可能性に強く配慮したからであると考えられま~す。
この人権感覚の高さと、それに裏打ちされた表現の正確性というのは、一朝一夕に身に着くものではありませ~ん。
一体誰でしょうね~、こんなに有能なクオードを「荒事しか能のない グズめがッ!」と罵ったのは?*2
5.「処罰するタイミング」の意味
ベルマ逮捕後、クオードは「処罰するタイミングを 計っていたのだが」と語りま~す。
この「タイミング」の意味が、単に「ベルマが多くの目撃者のいる状態で何らかの犯罪を犯すタイミング」である可能性もありま~す。
しかしその場合には「捕縛するタイミングを 計っていたのだが」のほうが自然ですね。
むしろ転送装置が壊れて王宮との連絡が途絶え、「ドミネウス王がベルマを容易に救えないタイミング」が到来したので、その好機を逃さずに尾行を開始した可能性がありますね~。
通常の司法権のトップがドミネウス王であり、死刑が廃止されていたとしても、一般に軍法の体系はまた別ですからね~。ベルマが一般人を処罰しようとすると権限踰越ですし、それが死刑なら違法な殺人行為になることは前述のとおりですが、軍団長のクオードが軍法会議で軍人のベルマを死刑にしても、合法の可能性が高いで~す。
ちなみに『春秋左氏伝』哀公十七年の記事によれば、この年の春、衛の荘公の太子であった疾は、荘公の寵臣であり「死刑三回免除」の特権で常に守られていた渾良夫を粛清しようと考え、彼が四つの罪を同時に犯した瞬間に即決で殺したそうで~す。
王宮との連絡が途絶えた途端の、このクオードのすばやい行動によるベルマ粛清は、この太子疾に似ていま~す。
無罪や微罪となる可能性の高い「得体の知れない 怪物を使役して 国民に危害を加えた罪」が行われているときはじっと目撃するだけにとどめてリンカさんたちを捨て駒にしていて、有罪にしやすい「おのが職分を越え 国民を脅迫した罪」が行われた途端に颯爽と登場するというのも、絶対に処罰をしたいという方針のあらわれでしょうね~。
一体誰でしょうね~、こんなに有能なクオードを「荒事しか能のない グズめがッ!」と罵ったのは?
結局ベルマはその後の偶然の事情もあって処刑前に恩赦を受けることができたのですが、かなり危ないところであったと思いますよ~。