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ほしづくよのドラゴンクエストX日記

ドラゴンクエストXの世界で体験したことを綴っていきま~す。画像は原則として株式会社スクウェア・エニックスさんに著作権があるので転載しないで下さ~い。

縞模様の歴史と陰陽説から考える、光と闇のプクリポ

考察 防具 常闇の聖戦 職業クエスト メインストーリー サブストーリー 武器 期間限定クエスト 関連商品

 Michel Pastoureauという西洋史学や紋章学を研究している学者が、1991年に"L'Étoffe du diable, une histoire des rayures et des tissus rayés"という研究書を出版しました。ジパングでは松村剛・松村恵理の手による翻訳書が『悪魔の布 縞模様の歴史』という題名で白水社から1993年に出版されていま~す。

 この本では、中世のヨーロッパにおいて、どちらが地でどちらが柄だかわからない二色の模様のデザインの服、とりわけ縞模様の服が侮蔑の対象となっていたということが、まず明かされま~す。

 このため、中東から移転してきた縞模様を伝統的に使用してきた修道会は、ヨーロッパで散々苛められた挙句、服装を変更させられてしまったようで~す。

 修道士に縞模様服を禁止する一方で、囚人や当時悪とされた職業に就いている者や当時悪とされた病気の患者や当時悪とされた宗教の信仰者には、縞模様の衣装が強制されることもあったそうで~す。「旅芸人」もそうした立場でした。また絵画や演劇や文学の中でも、悪役には縞模様の服や紋章の描写を加えたそうで~す。

 この法則は動物への評価にすらおよび、中世においてはシマウマは悪い獣とされたようで~す。

 近代に入ると縞模様を高く評価する風潮も生じ、現代においては縞模様だから悪だと一概にはいえなくなりましたが、現代文化においても「悪としての縞模様」は根強く残り、価値中立というよりは悪かもしれないし善かもしれないという緊張的な価値を持っているそうで~す。

 著者が挙げる現代文化に残る悪い縞模様の実例は、著者の住むフランスのものなので、読んでも若干馴染めないかもしれませ~ん。そういう人は、『エルム街の悪夢』のフレディの服を思い出すといいかもしれませ~ん。

 ただし最後まで読み進めると、この善なる縞模様という近代の感覚は、中世においてもすでに内包されていたことがわかりま~す。中世においても、矯正不能の究極悪とされた者には縞模様は適用されにくく、キリスト教に近い宗教やキリスト教内部の異端の信仰者にこそ縞模様は適用されやすかったのだそうで~す。

 すなわち、縞模様は秩序と無秩序の中間的なものであり、秩序からの疎外であるとともに無秩序からの復帰の試みでもあったというのが、結論の立場でした。

 中世ヨーロッパ文化の影響を受けたドラゴンクエストの世界でも、特殊な立場とどちらが地だかわからない二色の服の縁を感じさせる風潮が垣間見られま~す。

 アストルティアで思いつくものとしては、装備では「手品師のブーツ」・「手品師のタイツ」・「まじないしローブセット」・「モダンバニーセット」あたりが挙げられま~す。手品師やまじないしやバニーガールがこういう服を着ているということは、遊興系の職業との縁が深いということでしょうね。

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 あと「プリズニャン」も、縞模様と囚人の関連性の深さを感じさせますね~。

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 「プクリポ(いい)ずきん」・「プクリポの(いい)服」・「プクリポのズボン」も、二種類の色の生地がどちらが地でどちらが柄だとはいえない形で使われていま~す。

 体型の点からも七種族の中でもっとも特異であり、情熱を傾けやすい仕事も遊興系であるというプクリポの設定に、まことにふさわしい服であると考えられま~す。

 次に、東アジアの陰陽説について紹介したいと思いま~す。

 これは世界のあらゆるものは陰と陽の二つの気でできているという考え方で~す。例えば、「闇」とか「冬」とか「夜」とか「女」は陰で、逆に「光」とか「夏」とか「昼」とか「男」は陽で~す。片方が一時的に強くなっても、やがて衰退に向かいま~す。そして陰陽のどちらかが善というわけではなく、両者がほどよく調和してこそ、自然の秩序が保たれるとされていま~す。

 この考え方は儒教道教といった思想の違いをこえて、幅広く東アジア世界で共有されました。

 陰と陽とが互いに相手を飲み込もうとしつつ永久にその運動を続けるという概念を図式化した「太極図」は、現在でもモンゴルや韓国の国旗に残っていま~す。

 「陰陽の一方が善というわけではない。両者の適切な調和こそが善なのだ」という陰陽説の思想もまた、ドラゴンクエストXの世界に強く取り入れられていま~す。

 その最たるものが、常闇の竜レグナードについてのプリネラさんの解説で~す。「この ナドラガンドには 昼夜がありません。 いわば 光と闇の調和が失われた状態。 常闇の竜は その名の通り 闇の支配者……。 闇それ自体には 善も悪もありません。 しかし 調和なき 混沌の世に狂わされた かの者は すべてを滅ぼす暴君となりましょう」とプリネラさんは語っていま~す。すなわち、レグナードが闇であるのが悪なのではなく、光と闇とが混じってしまったナドラガンドという環境にこそ問題の根源があると主張しているので~す。

 他にも陰陽説の影響を強く受けているのが、職業クエスト「賢者と愚者」で~す。賢者になるには「光」と「闇」の両方が必要であり、「光」しかなかった時期のアーニアちゃんには賢者としての才能がゼロだったという話でした。

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 この時期のアーニアちゃんは、アストルティアにいたからこそ「賢者には向かない明るすぎる子」ですんでいましたが、この状態のままナドラガンドに連れて行かれたら、何らかの形で暴走していた可能性が高いですね~。

 「とこなつココナッツ」がナドラガンドでも普通に使えるのは、「とこなつ」が「不自然な程の陽気の塊」を文字通り意味しているのではなく、単なる宣伝文句だからでしょうね~。

 そしてこの話の舞台となったドルワーム研究院で編み出された、魔瘴石というマイナス物質を太陽の石というプラス物質に転化させる発想と技術もまた、「陰極まれば陽極まる」という陰陽説の影響が感じられま~す。

 「夜の神殿に眠れ」シリーズにも陰陽説の影響が見られま~す。「陰」を代表する夜の民の末裔の女性と、「陽」を代表する太陽の民の末裔の男性とが、馴れ合わず対立もせず、上手に分業をして協力をすると、ストーリーを効率的に進めることができま~す。そして大昔の夜の民と太陽の民は殺し合うことしかできなかったため、一方は亡び、一方は勝ち残ったものの後に優秀な統治者を引退に追い込むことになりま~す。

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 さらには敵の攻撃を逆用する「天地のかまえ」や「水流のかまえ」をしたときには、陰陽説を図式化した太極図が浮かび上がりま~す。

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 「陰陽道のこん」という武器もありま~す。これは点対称の形状であるのみならず、中心部分が太極図に似た渦巻状のデザインになっていま~す。

 また「落陽の草原」の「落陽」とは、通常の意味である「夕日」にちなんだものではなく、「闇の溢る世界」のボスである災厄の王の敵であった「ふたりめの王者」が没した地であることを意味していると、期間限定クエスト「聖竜の神話」でロディアさんが教えてくれました。ここにも、「闇」であり「陰」である災厄の王の対概念である時の王者を「陽」とみなす考え方がみられま~す。

 『蒼天のソウラ』でも、「真の太陽」戦士団の宿敵が「太陰の一族」でした。

 法則のみならず思想としても、アストルティアにも地球の陰陽説によく似た考え方が存在している可能性が高いですね~。

 以上の証拠から、アストルティアにおいて陰陽説の真理が法則として機能しており、またその法則が体系化されて地球の陰陽説と同じような理論が存在していることは、ほぼ間違いありませ~ん。

 そして二つの色を対等に使った服を愛するプクリポにも、この陰と陽の両者を大事にする姿勢が強く感じられま~す。

 プクリポの始祖であるピナヘトは、単なる勘違いから兄弟喧嘩をしただけの巨人たちを、身動きのできないキノコに変えて延々と罰し続けました。彼らは事件の真相さえ知ればすぐに和解する程度の連中だったのに、真相を教えずに延々と罰し続けていたので~す。彼らを和解させることが氷晶の聖塔の第二の試練だったのですから*1、少なくともナドラガンドの封印以前から、巨人兄弟は罰せられ続けているということになりま~す。

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 他にも、ほぼ確実に差別されるであろう「緑の者」という立場の竜族を作り、塔の試練の一部にその者の存在を組み込んでいました。

 これらはミクロの視点からみるとかなり酷い悪事だと思いま~す。しかしながら、マクロの視点からみれば、きっと最大多数の最大幸福のために役立っているのでしょう……。きっと……。

 またピナヘト以外で一番有名なプクリポといえば、やはりフォステイルですが、彼もまた疫病や悪政や魔軍師から人々を救うために、パクレ警部を散々苦しめ、王位を簒奪し、アルウェ王妃を捨て駒にしていま~す。大いなる正義のためには、多少の犠牲はやむをえないと考えていたのでしょうね~。

 有力なプクリポに見られる、陰と陽とを上手に使い分けるこの姿勢は、太極図を連想させるプクリポの服に象徴化されていると考えることもできま~す。

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 この発想に気づかなかったころの星月夜は、以前の記事で「オルフェアの町には大きな地下街がありましたし、ダンダダ団もメロポネスさんもポルファンさんも地下で楽しく暮らしていますね~。「地下大好き!」という設定のドワーフのお株をプクリポが奪ってしまっている感じがしま~す」と書いてしまいました。

 しかしながら、「陽中に陰あり」という陰陽説の発想を適用すると、「始祖と同じく、表面上は陽の民でありつつも、陰をしっかり利用しているのだ」という結論に達することができました。

 オルフェアの町の住民としては、家族連れで来られる観光地として栄えるため、夢いっぱいの雰囲気のオルフェアの町の風紀は維持したかったのだと思いま~す。しかし大人向けの酒場や危険な素材屋を弾圧すると、それはそれで不自然で生きにくい町になってしまう。そこで大人向けの施設を地下街に隠したのでしょう。陰と陽の一方を大事にして不自然な町を作ったり、両方大事にした結果としてどっちつかずの混沌の町にしてしまうのではなく、上手に分離してその調和を図っているといえましょう。

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 ドワーフはその対極的存在であり、始祖と同じく表面上は陰の民でありつつも、太陽の石のエネルギーなどの陽をしっかり利用しているので~す。

 ゴーレックさんがラッカランの町中にカジノバニーセットではなくモダンバニーセットを着たバニーを配置しているのも、「この町には陰(スッカラカン)と陽(歓楽)とがあるぞ。破産を怖れすぎては楽しめないし、楽しみすぎては破産してしまうぞ」というメッセージを伝えるためなのかもしれませんね~。

 以前、ラズバーンやゼルドラドの名前を分析する記事の中で、名前の「ピ」や、「縞模様の服を好む」・「芸人」・「体が小さい」・「原則笑顔」・「プクランド製のぬいぐるみを好む」といった特徴を根拠に、「ピュージュが目指しているのはピナヘト的地位かもしれない」と自分でも大胆すぎると感じた仮説を提唱しましたが、本稿を読んでいただければ、この仮説もほんの少しは説得力が増すのではないかと考えておりま~す。

 二つの話題を盛り込んで、記事も長くなったので、最後に今回の記事を一つの段落に要約しておこうと思いま~す。

 プクリポの服に象徴されるプクリポの性格は、地球の二つの文化の影響を受けている。第一は、中世ヨーロッパにおいて賎業とされた旅芸人が強制的に着せられた、どちらが地でどちらが柄だかわからない服である。だからプクリポは、戦闘業や製造業よりも遊興産業への従事を好む設定である。第二は、東アジアの陰陽説である。だから有力なプクリポは容赦なく「一殺多生」の理念を実行し、普通のプクリポゾーニングなどの目的を達成するために地下を上手に利用する」