0.はじめに
ゼフからの指針監督官についての説明では、「ここ最近 軍の権威を かさに着て 王都で 幅をきかせている連中なんですよ。 以前は こんなことなかったんですが」となっていました。
これは意外に驚きの情報で~す。ベルマたちは、「指針監督官」という名でありながら、指針書の文責である王の宗教的権威をかさに着るのではなく、物理的な暴力を背景にした軍隊の権威を借りている存在だと、少なくとも民衆からは思われていたのですから。
本日はこの問題について考えてみま~す。
1.王の権威から独立した軍の権威と、その存在理由
メインストーリーとサブストーリーが進むにつれ、さらに軍の独自の権威の存在が明らかになっていきま~す。
先日紹介した軍団長のクオードによるベルマ逮捕*1もその一例で~す。
決定的なのは「エテーネ王国軍人たる者」*2ですね~。ここで副団長のセオドルトが若き日の経験を元に指針書に盲従する態度を戒めていることが明らかにされま~す。
そしてその理由というのが、モンスターは指針書の理屈を離れた存在であるというものでした。
ここで思い出されるのが、あのベルマですら、初登場のシーンで、指針書を持たない外国人を警戒して一度は引き下がったということで~す。
指針書が本領を発揮するのは指針書を持った者同士のときであり、それ以外の場面では不測の事態もあり得るというのは、ルクスのような新米以外には常識だったようですね~。
ここで王の権威から独立した軍の権威の存在理由がわかりま~す。
モンスターや外国人と関わる軍人たちは、経験・情報にもとづく臨機応変の能力を磨いているわけで~す。そしてそれは、王権を支える指針書とは別の根拠によって支えられているため、必然的に別個の権威を形成するのでしょう。
2.王の権威と軍の権威の緊張関係。そしてそれを利用する民衆。
『史記』孫子呉起列伝によれば、孫子は「将、軍に在りては、君命も受けざる所有り」と主張したそうで~す。軍事行動においては現場の臨機応変の判断のほうが大事なので、素人の君主の意見よりも将軍の意見のほうが優先されるというわけで~す。これは一つの真理ですが、君主権力を脅かす軍事権力の台頭と暴走の背景にもなりました。
エテーネにおいても、臨機応変を理由とする軍の権威は王の権威を脅かしたことでしょう。「臨機応変を重んじる軍からの要請」を理由にすれば、指針書に背けるわけですから。実際に要請がない場合ですら、「軍の意見も聞こうと思っていました」という弁明が可能で~す。
さらにはモンスターと関わることの多い錬金素材の調達者や、外国人と関わることの多い輸出入業者は、軍人を真似し始めたことでしょう。「我々も軍人と同じく臨機応変の才が必要なのだ。よって「みなし軍人」であり、仕事中は指針書の統制を受けない!」と。
指針書に背くことが時には国家反逆罪となるような社会で、ゼフの店が平気で指針書を無視していたのは、自分たちはまず間違いなく罰せられないという確固とした自信があったからなのでしょう。
こういう理由から、『王国移住者向け 指針書要覧』でも「王国は 国益保持のため 指針書に違反する者を 指導監督し 国家反逆罪で 裁くこともある」と、末尾が弱気になっていたのでしょう。「軍や軍的なものの権威にすがることができない、例外的な状況下での指針書違反」のみが裁かれていたのだと思われま~す。
3.二つの公武合体運動
この二つの権威の緊張状態を解決しようと努力した、いわゆる「公武合体運動」とでもいう動きは二つありました。
一つは、クオードによるもので~す。
クオードは王族でありながら時渡りの力が弱く、指針書の過度な強制にも疑問を持っていたようでした。
クオードは必死で戦闘能力を高めて軍団長に出世したあと、軍の指針書軽視の立場を重んじていきました。
軍としても、王に由来する権威を多少は兼ね備える者が軍の権威を守ってくれるのはありがたかったでしょう。
そしてクオードは、ベルマの逮捕やドミネウス王の廃位といった手段を通じて、軍主導での公武合体運動を試みたといえま~す。
もう一つは、ドミネウス王によるもので~す。
ドミネウス王は、寵臣のベルマを軍籍もある指針監督官にして、国民の生活への統制を強めていきました。
民衆としても、軍人が指針書を強制しにきた場合、「さ~、それは軍人さんの意見も聞いてみないことには何ともいえませんな~」という言い逃れがしにくかったことでしょう。
このタイプの公武合体運動が先王のころにはなく、ドミネウス王の独創であることは、本稿の冒頭で紹介したゼフのセリフの「ここ最近」と「以前は こんなことなかったんですが」という部分からもうかがえま~す。
原則として時渡りの力の強い王族の浮島を狙い撃ちにしていたはずの異形獣が、例外的に辺境警備隊詰所を襲った*3のも、ドミネウス王が軍の弱体化を狙っていたからでしょうね。
もしも「質より量だ」という理由だけで非王族も襲うのであれば、組織的な抵抗のできる軍人たちを狙うよりも、どこかの集落でも襲ったほうが効率的でしょうから。
以上によりドミネウス王は、ベルマの重用や軍人の粛清を通じて、王主導での公武合体運動を試みたといえま~す。
4.王権の消滅後
ある日、エテーネ王宮はパドレにより時空の彼方へと消滅しました。
ここで普通の国であれば、他の無数の浮島に住んでいるという王族たちが後継者争いを始めるところでしょう。少なくともプーポッパン王が急死してラグアス王子も急に失踪したメギストリスではそうなりました*4。
しかしエテーネ王国では、新王や仮王による暫定政権は発足せず、その動きすらなく、軍の副団長のセオドルトがスムーズに事実上の元首になりました。
これは、事前に水面下で王と軍とが激しく対立していたことで、軍のほうでは自然にいつでも新政府の主体となれる政治力を身に着けていたのが原因なのだと、星月夜は考えました。
そして今後も、軍が地上と浮島をつなぐ転送機を敷地内に抑えているかぎり、遠縁の王族の復権はありえないでしょうね~。
せめて王立アルケミアの転送機をドミネウス王が破壊しなければ、王族は「浮島→王立アルケミア→所長室→所長の官舎→王都」と移動して独自に民衆に訴えかけることもできたでしょうが、現在ではそれは不可能で~す。
昨日紹介したレイミリアが活躍していた時期におけるベストタイミングのベルマ逮捕といい、王立アルケミアの壊滅といい、色々な意味で王権側の自滅でしたね。