0.過去の研究の整理
以前、「印欧祖語"*h₂stḗr"から考える、「アストルティア」・「イシュタル島」・「アスタロト」・「エスターク」・「デスタムーア」・「エステラ」の関係」という記事を書きました。
ドラゴンクエストシリーズの伝統から、印欧祖語で「星」を意味する"*h₂stḗr"を語源とするものは、ラスボスやラスボス級の存在と深い関係があるということを論証し、エステラさんもまたその一人であると予想しました。
その約一年半後の3.5メインストーリーでナドラガ神がエステラさんを核にすることで復活したので*1、この予想はほぼ完全に当たりました。
1.本稿の目的
しかし最近になって、「エステラ」の語源には"*h₂stḗr"のみならず古典ギリシア語の"ὑστέρα"もあると考えました。「リベリオ」のときにもあったダブルミーニング*2というわけで~す。
そしてそう考えると、なんとナドラガンドの領界が五つであることや闇の領界が漆黒でなく紫がかっていることまで説明できました。
本日はこの件について語ろうと思いま~す。
2."ὑστέρα"について
雨月「早速やけど、この"ὑστέρα"ってどう発音するん?」
星月夜「「フステラ」よ~」
雨月「意味は?」
星月夜「「子宮」よ~」
雨月「エロネタの予感! 燃えてきたわ~! 発音が近いのは説明されるまでもないので、意味上の関連性を早う教えて~。なお、単にナドラガ神を「産んだ」ってだけだと20点ぐらいしかあげられんで~」
3.「虚空の神」と"ὑστέρα"の合計
エステラさんは最終的にはナドラガ神と分離して「邪竜神ナドラガ」を相手に戦ってくれますが、「虚空の神ナドラガ」との戦いのころはナドラガの一部でした。
さて、「虚空の神」という表現は一見すると斬新ですが、実はそうでもありませ~ん。東アジアの伝統的な崇拝の対象として、仏教には「虚空蔵菩薩」という菩薩がいま~す。ある程度仏教の素養がある人は、「虚空の神」と聞けば大概は虚空蔵菩薩を連想しま~す。
「虚空蔵」は、サンスクリットの"आकाशगर्भ"(アーカーシャガルバ)の翻訳で~す。「アーカーシャ」は「天空」や「虚空」を意味し、「ガルバ」は「子宮」を意味しま~す。
よって、「虚空の神 + "ὑστέρα" ≒ 虚空蔵菩薩」という式が成り立つわけで~す。
竜神の座での戦いを虚空蔵菩薩との戦いと位置づけた場合、「虚空の神ナドラガ」に足りない「蔵」(ガルバ)に当たる部分こそが、エステラさんことウステラだったというわけで~す。
雨月「これだけやとまだまだ作中からダジャレを一個見つけてきただけや~。40点ってとこやな~」
4."*h₂stḗr"経由でも虚空蔵菩薩へと至れる
前章で紹介した件が単なる偶然ではない証拠として、"ὑστέρα"経由だけでなく"*h₂stḗr"経由でも虚空蔵菩薩へと連想が至るということを書いておきましょう。
エステラさんの語源は"*h₂stḗr"。
シュメール神話の「イシュタル」の語源も"*h₂stḗr"。
イシュタルは金星の神。
虚空蔵菩薩も日本の民間信仰では金星の化身である「明星天子」として崇拝されました。なおこれについては、佐野賢治著『虚空蔵菩薩信仰の研究 日本的仏教受容と仏教民俗学』(吉川弘文館 1996)が参考になりま~す。
すなわち、「エステラ ≒ "*h₂stḗr" ≒ イシュタル ≒ 金星 ≒ 虚空蔵菩薩」という式も成り立つわけで~す。
雨月「おお、大分理屈が整ってきたわ~。現状60点ぐらいやな~」
5.五大虚空蔵菩薩の影響
虚空蔵菩薩と縁の深い数字は「五」で~す。虚空蔵菩薩は五体の色違いの菩薩に分裂できまして、これらを「五大虚空蔵菩薩」といいま~す。
ここで築達栄八編『魅惑の仏像19 五大虚空蔵菩薩』(毎日新聞社 1987)の38ページの表をご覧下さ~い。
このように五大虚空蔵菩薩のそれぞれの色は、蓮華虚空蔵が赤、法界虚空蔵が白、業用虚空蔵が黒紫、宝光虚空蔵が青、金剛虚空蔵が黄色で~す。
これはまさに、ナドラガンドの五つの領界である、炎の領界・氷の領界・闇の領界・水の領界・嵐の領界のカラーに対応していますね~!
闇の領界が「闇」といいつつ漆黒の闇ではなく紫がかった闇であった理由は、ここにあったので~す!
雨月「わ~お、これは偶然といいはるほうが難しいな~。特に通常の五行思想や五色なら「黒」はあっても「黒紫」なんてそうそう出てこんから、この一致は高う評価するわ~。一気に90点や」
6.対なる地蔵菩薩の影響の考察
「地蔵」はサンスクリットの"क्षितिघर्भ"(クシティガルバ)の翻訳で~す。「クシティ」は「大地」の意味で~す。
漢訳の菩薩名で並べるとあんまり「対」という雰囲気がしませんが、意味で考えれば、ちゃんと「天空」と「大地」の対になっていますね~。「天空の子宮」が虚空蔵菩薩であり、「大地の子宮」が地蔵菩薩で~す。
地蔵菩薩と縁の深い数字は「六」で~す。六道それぞれに対応した変身をして衆生を救うので、その有様を「六地蔵」と呼びま~す。
もうおわかりでしょう。「天空」のナドラガンドは「天空の子宮」を意味する虚空蔵菩薩にちなんで五つに分かれており、「大地」のアストルティアは「大地の子宮」を意味する地蔵菩薩にちなんで六つに分かれているので~す。
そして「虚空蔵」と「地蔵」の共通の意味である「蔵」、すなわち"ὑστέρα"であるのがエステラさんで~す。
エステラさんが、クイーン総選挙でもメインストーリーでもやたらとナドラガンドとアストルティアの懸け橋になることにこだわっていたのは、当然といえば当然ということになりますね~。
雨月「95点まできたで~。いつか大地に降りた後のエステラさんの地蔵菩薩としての新たな活躍という追加の証拠が来たら、100点に修正したるわ~」
星月夜「フリフリな傘をくれたから、「笠地蔵」ってのはどうかな?」
雨月「それは流石に屁理屈や」
7.まとめ(追記)
情報を小出しにしたので、少しわかりにくくなった感もありました。なので最後に一気に主張をまとめておくことにしました。
「エステラ」の語源には以前主張した"*h₂stḗr"のみならず"ὑστέρα"もあるというのが今回の記事で提唱する仮説である。
その根拠は、発音の類似のみならず、ナドラガとセットで虚空蔵菩薩を象徴していた可能性が強いことにある。
エステラ・ナドラガのコンビが虚空蔵菩薩であることの根拠は、意味上の類似のみならず、ナドラガンドの領界の数や領界の色にも求められる。加えて、虚空蔵菩薩の対なる存在である地蔵菩薩が、ナドラガンドの対なる存在であるアストルティアを象徴している可能性も高い。
8.オチ
ヒストリカ博士「"ὑστέρα"を語源とする身近な単語としては、ドイツ語の"hysterie"(ヒステリー)がある。男尊女卑社会に女性がキレたらその反応を女性特有の病として扱ったという、酷い時代の名残だ。
ちなみに「エステラ」と違って「ヒストリカ」という名前にはダブルミーニングなんてものはなく、"history"(歴史)のみを語源としているというのが通説である。
この通説を百遍唱えて暗記すれば、虚空蔵菩薩求聞持法よりも学業成就の功徳があるぞ~」
(2020年12月12日追記)
ヒストリカ博士についてはもう一点語源らしきものを発見しました。詳細は「「ワラキウス」という名前を語源から解釈すると、そこに込められた魔界の歴史とゼクレスの国風が見えてきま~す。(追加章あり) & 特別寄稿「ルーマニアの観光案内」」という記事に書きました。
ナドラガがエステラ経由でシリーズの原点である「イシュタル」を継承した件については、もう一点補強証拠を発見しました。詳細は「「はじまりの島」淡路島」という記事に書きました。
(2021年12月30日追記)
星月夜「虚空蔵菩薩を本地とする十二神将は珊底羅(さんてら)大将。「珊」をイニシャル化すると「Sてら」だから、「エステラ」と一脈通じたわ!」
雨月「却下」