ほしづくよのドラゴンクエストX日記

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「ふたりめの王者」の敗北後の謎の行動の合理的説明に挑戦してみました。(加筆修正あり)

※2020年4月6日、章立てを中心に加筆修正しました。

1.落陽の草原の石碑の設定の確認

 『アストルティア創世記』と期間限定クエスト「聖竜の神話」の情報を総合するに、5000年以上前、「初代王者さえ しのぐと称えられた天下の英傑」である「ふたりめの王者」が災厄の王に敗北し、落陽の草原で没したそうで~す。敗北の原因は、時の王者が前任者をしのいだ以上に、災厄の王が前回の襲撃時より強大化していたからだそうで~す。

 このとき王者は「複数名なら勝てたかもしれない」と考え、その教訓を石碑に残しました。文字はさすがにかすれてしまっていて正確には読めませんが、災厄の王による破壊活動と5000年以上の風雨に耐え、今にその姿を伝えていま~す。

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 現代の災厄の王がまずはガケっぷち村から襲ったのは、この石碑の教訓を隠すためだったとロディアさんは推測していました。

2.王者の謎の行動

 しかし以上の設定を信じると、この石碑の立派な外見には違和感も生じま~す。

 敗北後の王者は、数千年の風雨に耐えられる石材を綺麗に切断し、ものすごく深い穴を掘り、数千年経過しても石碑が水平面に対して傾かないほどの盤石の礎石を埋めたので~す。

 よって、第一回の戦いから逃げたのか、時間切れになって生きたまま地上に放り出されたのか、死亡した後に教会で復活したのかは不明ですが、とりあえず王者は一度敗北した後にピンピンした状態で戻ってきたようで~す

 常識的に考えるなら、「そんなに元気で暇もあるなら、もう一回挑むなり、自分が後世に伝えようとした指南の通り、仲間を増やせ!」と文句の一つも言いたくなるような、のんびりとした行動ですね~。本人が異常に頭が固くてこんな回りくどいことをしていたとしたら、周囲が必ずそう忠告したことでしょう。

 すると、王者も周囲の知人も敗北後に王者がなすべきもっとも合理的な行動が「丈夫な石碑作り」だと考えざるをえないような、何らかの事情が介在した可能性が高そうで~す。

3.災厄の王を放置して石碑を建てた理由

 以下では、敗北後の王者の災厄の王放置と石碑作りについての合理的説明づけに挑戦してみたいと思いま~す。

 一番考えられるのは、自分が遺言した最高の作戦が同時代においてはすでに絶対に実行不可能な状態になっていたということで~す。

 これならば、次善の策としてゴフェル計画後の世界にも残っていそうなハードに情報を遺すことを選ぶのが、合理的な行動ということになりま~す。

 「仲間を増やす」というかなり簡単そうな作戦が実行不可能な状態とは、一体どういうことでしょうか?

 一番考えられるのは、「時の王者」になるための資格の取得が絶対に不可能になった状態であると思われま~す。

 地上に出てきた幻の災厄の王は、誰でも戦えますが、倒しても時間稼ぎにしかなりませ~ん。真の勝利は、闇の溢る世界に乗り込んで真・災厄の王を倒さなければもたらされませ~ん。そして闇の溢る世界に乗り込めるのは、時の王者と世告げの姫だけで~す

 そして「時の王者」になるには、王者のマントセットを全部そろえることと、キーエンブレムを10種類入手することが条件で~す。このどちらか、または両方が不可能になれば、時の王者にはなれませ~ん。

 王者のマントセットは、プレイヤーの視点では最初の一品を入手するのに手間取りますが、設定上は「取りよせ商チャガナ」でも入手できる程度の装備であり、価格も安く、現にラミザ王子も装備しているので、これが不足したという可能性は低そうで~す。

 するとやはりキーエンブレムを10種類集めることが不可能になったと考えるべきでしょう。

 キーエンブレムの授与権限を持つのは人間族以外の五種族の権力者で~す。そしてゴフェル計画で生き残りを選ぶのも、五種族の権力者で~す。

 これで大体状況が見えてきましたね。

 ふたりめの王者が、第一戦での敗北と同時に「時の王者を複数名にすれば勝てそうだ」という知見を得て帰還したときには、それを思いつかなかった各地の権力者はゴフェル計画を発動してさっさと地上から逃げてしまったのでしょう。

 王者としてはつらかったでしょうね~。

 各国がもしももう少しゴフェル計画を遅らせていたら、あるいはそもそもゴフェル計画などという退路がなければ、自分の新戦略「時の王者を八名ぐらいまで増やす」を権力者たちに献策できたことでしょう。

 そして、各国が重要地点の攻防戦で活躍した者に「国を救った」という名目でキーエンブレムを配布すれば、すぐに10種類集めてしまう猛者が次々に登場したことでしょう。

 そういう連中を集めて時の王者にしてみんなで闇の溢る世界に行けば、勝っていたでしょうね~。

 ですが、ゴフェル計画発動後は、ふたりめの王者に残された道は二つでした。

 第一の道は、ゴフェル計画から漏れた大多数の民衆の命をほんの少し延ばすため、自分を復活させてくれる最後の聖職者が死ぬまで、幻の災厄の王へのモグラ叩きを続けること。

 第二の道は、遅かれ早かれ絶滅する同時代の五種族を見殺しにしてでも、幻の災厄の王との戦いをいったん中止し、まずは次の災厄の王の襲来時にゴフェル計画を発動させずにすむようなメッセージを後世に確実に残す工夫をすること。

 そして王者が実際に選んだのは、第二の道だったというわけで~す。

 こう考えた場合のみ、逆襲を乗り越える優れた戦略を思いついたはずのふたりめの王者が、それを実行に移さずに、世界が破滅していく様を横目で見ながら妙に立派な石碑を遺す作業に没頭したことについて、辻褄のあった説明ができそうで~す。