こんばんは、本日からしばらく『ドラゴンクエストX』の世界を離れ、レトロゲームであるSFC版『伊忍道』妖術師篇のプレイ記録を発表していきます。
妖術師篇とは物語の序盤で運次第で分岐して始まる上級モードで~す。これを発動させること自体が面倒なので、通常版をクリアした経験のある星月夜も、長らく放置していました。
でも今やっておかないと一生やらないかもしれないので、ついに重い腰をあげたので~す。
なお別ゲーであることを重視し、このゲーム内でレベルを上げようが金策をしようが、カテゴリーの「レベル」や「金策」をつける予定はありませ~ん。ただし『X』のそれらを比較の対象として出した場合にはつけま~す。
章立ては町やダンジョンごとではなくゲーム内の日づけでおこないますが、重要なイベントがらみの日だけ太字にするので、それなりにメリハリができると思いま~す。あと初登場や初訪問の地名はなるべく太字にするなどの工夫もしま~す。
※天正9年某日
ゲームを起動して放置していると、主人公の生い立ちがわかりま~す。
この年に起きた天正伊賀の乱の前夜、主人公は百地丹波に伸びしろを見出され、織田信長に対する抵抗運動に加わるのではなく、抜け忍の隠れ里の長老の下で修業をしてから皆の仇討をすることを命じられま~す。
そして長老からは、全国で修業をすれば強くなれるだろうが、まずはそのための基礎力作りが重要といわれました。基礎力養成のための修業は、長老の孫娘のレイが相手になってくれるとのことでした。
このオープニングを見ないで物語を始めることも可能ですが、それだと主人公の動機もわからず、やがてレイと再会しても何の感慨もわかなくなってしまいま~す。
※天正10年6月15日
主人公に名前をつけると、プロローグが始まります。
ちょうど隠れ里での修業を終えた時点らしく、北の洞窟で「選者の証」を拾ってから他の修験場に行くよう長老からいわれま~す。
史実では本能寺の変どころか山崎の合戦まで終わっている日時ですが、まだそんなことは起きていないパラレルワールドらしく、里の者たちは織田信長の侵攻に脅えていま~す。なおこの世界では武田勝頼も健在で~す。
装備は武器・飛び道具・鎧・兜・護符の五種類。初期装備は武器が剣、飛び道具が三方手裏剣、鎧が忍者服、頭部と護符はナシで~す。
この日、霞丸という織田軍の有力な忍者が隠れ里を襲い、イベント戦闘で主人公は敗北するのですが、本能寺の変が起きたせいで霞丸は大急ぎで撤退しま~す。
主人公は予定通り北の洞窟に向かいました。
※6月17日
北の洞窟で選者の証を拾いました。レベルは3になりました。
洞窟や町から外に出ると、自動的に翌日の朝になる仕様で~す。
※6月18日
洞窟から出た直後、本能寺から安土城に逃げる信長を見かけま~す。
このとき信長が大怪我をしていたら通常篇なので、また最初からやりなおしで~す。
無傷だと上級モードの妖術師篇となりま~す。何度も繰り返して無傷の信長を見ました。
その足で伊勢の城下町にいき、宿屋でセーブ。
伊勢は最初からドラクエでいえば「ルーラ」ができる設定らしく、この段階で寄る必要は本来はないのですが、無傷の信長をせっかく見たので大急ぎで直近の都市に入ってセーブしました。
手元に金が98あったので95払って笠子という頭部装備を買いました。
※6月21日
三河の城下町に寄りました。この町の大名は信長と仲の良い徳川家康なので、三河に地縁を持つことにはあまり意味がないのですが、一応ルーラポイントを増やしたくなったので寄りました。
※6月22日
遠江の城下町に寄りました。この世界では遠江まで武田領なのですが、遠江武田軍より甲斐武田軍のほうがずっと頼りになるので、事情は三河とあまりかわらないで~す。
※6月24日
隠れ里の長老から紹介されていた第一の修験場である富士修験場に到着。
ここの長老から、修験場は順番に訪問しなければならないなどのルールが説明されま~す。
ここでは洞窟から火龍石を拾ってくるのが使命。
今までの戦闘では主人公を後方の安全地帯に配置して、複数の敵が出てきても一対一の繰り返しに持ち込むのが定石でしたが、この洞窟では遠隔攻撃で火を吐いてくる敵もいるのでそうもいきませ~ん。
洞窟に入ったとたん、三匹の鬼火にボコボコにされ、持っていた薬草を全部使いきってしまいました。このときは、レベル3ではきつかったかな~と思いました。
でもこのゲームはレベルが上がった記念に体力が全回復する仕様で~す。死ぬ寸前にレベル4になり復活しました。
その後も何度も死ぬ寸前にレベルが上がったり敵が薬草を落としたりして、何とかこの24日のうちに火龍石を拾えました。
このダンジョンで着目すべきなのは、明らかにドラゴンクエストシリーズのベビーサラマンダへのオマージュである幼火龍という敵で~す。倒すと龍の鱗という護符を時々落とすので、相当露骨で~す。
武器として短刀と忍者刀を拾い、忍者刀のほうを装備。護符の守札も拾いましたが、これは龍の鱗に劣るので、いつか仲間ができたら与える予定で~す。
最終的にレベルは7になりました。7になると仲間を増やすことができま~す。
※6月25日
洞窟から出て長老に火龍石を渡すと、火炎の術を教えてくれました。
それなりにありがたいのですが、仲間候補でもあるNPCの忍者たちはレベル上げをするだけでこれらの術を自然に覚えていくので、ズルイで~す。
宿屋と酒屋に九龍という方士と狗公という飯綱使いがいたので、攻撃を仕掛けて叩きのめしました。
こういう道士系の人物は、このゲームでは仲間にしても序盤以外では役に立ちませ~ん。ましてこの二人は親信長派ですので、元気なまま自由に行動させておくと、いつ主人公や他の反信長派のNPCに攻撃を仕掛けてくるか知れたものではありませ~ん。
だからこういう連中は見かけるたびに戦闘を仕掛けて負傷状態に追い込むことにしているので~す。
宿屋には恵眼という山伏もいました。この山伏は主人公との相性も高いので、初期に仲間にすべき一人としてしばしば奨められる人物で~す。
話すと、レベル6のくせに御嶽山修験場に行くのが目的とか語ってきました。御嶽山修験場といえば、主人公ならレベル20以上でやっと行ける場所で~す。
主人公は順番に修験場をクリアーしていかないといけないのに、やっぱりNPCたちはズルイで~す。
さらにその日のうちに相模の城下町まで行き、風魔衆の風魔小次郎を負傷させました。
※6月25~30日
相模にいた山伏の天城居士を仲間にするため、ひたすら語り合って友好度を上げました。
※7月1日
ついに天城居士が仲間になりました。さっそく余っていた短刀と守札を与えました。
酒屋では剣術家の神子上典膳が修業のためとかいって向こうから攻めてきましたが、撃退。
※7月3日
上野の城下町に到着。
※7月5日
本来なら次は第二の修験場である近隣の筑波の修験場に行くべきなのですが、仲間が足りないので陸中に足を延ばしました。
※7月7~18日
陸中に僧侶の顕光法師がいたので語り合ってから仲間にしました。
この法師の特殊能力の祈祷はあらゆる状態異常を治してくれま~す。その状態異常の中には敵に体力を0にされたときに発生する「怪我」も含まれているので、敵に偶然瞬殺されない限りはほぼ無敵となり、ゲームオーバーの確率はほぼゼロになるので~す。
中衛の忍者1に後衛の僧2という構成はやや不自然なので、せっかく仲間にしたばかりの天城居士とは別れ、伊賀忍者の楯岡右近を仲間にしました。これで忍者2の僧1で~す。
天城居士とは別れる前に、装備を全部奪いました。鎖帷子は主人公のものに、兜巾は顕光法師のもに、守札は楯岡右近のものになりました。短刀は売り払いました。
新しい頭部装備の鎖頭巾も買いました。今まで装備していた笠子は楯岡右近にあげました。
※7月20日
第二の修験場である筑波の修験場で地神石を取りに行きました。
これを入手すれば地恵の術と解毒の術が使えるようになるとのことでしたが、自分より低レベルな楯岡右近は洞窟に入る前から地恵と解毒が使え、しかも洞窟の中でレベルが上がるにつれてどんどんさらに高度な術を覚えていったので、納得がいきませんでした。
この洞窟では毒を吐いてくる敵が多かったので、やはり祈祷のできる顕光法師を連れてきて正解でした。
宝箱から二着目の鎖帷子と鉢金を拾ったので楯岡右近に授与。あと土鬼が金剛杖を落としたので顕光法師に授与。
ここではどうしても1680まで金を貯めたかったので、レベルも自然に13まで上がりました。
※7月21日
地恵と解毒の術を覚え、次に行くべきは羽黒山の修験場だといわれました。
※7月25日
越後の城下町に行き、炎鬼杖を買って攻撃力の低い顕光法師に持たせました。これは道具として使うと「火鬼」の効果がありま~す。このゲームにはこういうものが多々あるから、基本的に仲間に魔法使い系は不要なんですよね~。
さっそく宿屋にいた根来衆の久鬼景時に戦いを挑んで性能を試しました。
※7月29日
出羽の城下町に到着。僧兵の臥王がいましたが、彼は反信長派なので攻撃はしないでおきました。
※7月30日
第三の修験場である羽黒山の修験場に到着。
上昇型のダンジョンで天の宝珠を入手。他にも自分用の八方手裏剣や売り物用の物品を多々拾いました。
レベルは15に上昇。
次回に続く~。