はじめに
星月夜「『ダイの大冒険』に登場するザムザは、「小柄な魔道士の力で怪物の肉体を得るが格闘場で敗死し、死後はそのデータが魔道士の次の作品に役立った」というキャラ設定が、『ドラゴンクエストX』のベルムド王に影響を与えたと考えられま~す。そして本日は、カフカの『変身』がそのザムザの設定に非常に強い影響を与えたという話をしま~す」
夕月夜「本日のゲストで~す。最近読書に目覚めたので、積極的にお説を拝聴しにきました」
雨月「二人目のゲストとして、不条理文学を愛する雨月参上」
1.影響その1「変身する」
星月夜「『変身』の主人公ザムザは、朝起きると毒虫に変身していました。ザボエラの息子のザムザは超魔生物に変身しました。影響関係は確実ですね」
雨月「異議は無いが、ドラゴンクエスト大辞典の【ザムザ】でもその程度のことは書かれとるから、それ以上の情報がないと記事にする意義無いで~」
2.影響その2「変身対象も実は似ている」
星月夜「実はこの「毒虫」と「超魔生物」は似ているのよ」
雨月「超魔生物は様々なモンスターの長所を取り入れた生物。虫に偏っとらんで~」
星月夜「『変身』の和訳本で長らく慣習的に「毒虫」とされてきた単語は、原典では"ungeziefer"(ウンゲツィーファー)なので~す。はい、ドイツ語が得意な夕月夜ちゃん、訳して」
夕月夜「う~、「不愉快な動物全般」ってとこかしら?」
星月夜「正解。ゲルマン祖語の"*tībrą"は「生贄」、ここから「生贄用の動物」を意味する古高ドイツ語"zebar"を経由して、「神への生贄に供するわけにはいかない醜悪な動物」という印象を持つ"ungeziefer"が出来上がったのよ。さてここで『ダイの大冒険』の第131話でザムザが超魔生物の死について論じたセリフを想起しましょう」
雨月「「神が与えた生命に手を加えた…天罰かもな…」。おお、ぴったりや。これは三条先生がちゃんと元ネタの原典の伝える微妙なニュアンスまで汲み取って書いたセリフである可能性が非常に高いな~」
星月夜「2015年に多和田葉子氏が"ungeziefer"を業界で初めて「ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物あるいは虫)」と訳したけど*1、世間ではまだまだ「毒虫」の影響が強いわ~」
夕月夜「名著の最新の翻訳をチェックしている読書人たちの多くですら、20年がかりでやっと『ダイの大冒険』に追いつけたのですね。これはすごい!」
3.実は「毒虫」という古い訳も本来は名訳だった
雨月「そういう話を聞くと「毒虫」なんていう訳がクズに思えてくるで~」
星月夜「ところがこれは本来はそんなに悪い訳ではないんだな~。「虫」という漢字は、古くは動物全般も指したのよ。「昆虫」と「爬虫類」がまるで異なる生物であるのに同じ「虫」の字が使われているのは、その名残なのよ」
雨月「そういえば『水滸伝』でも虎の別名が「大虫」やったな」
夕月夜「なるほど、「汚れた動物全般」を翻訳するさいに「動物全般」の部分が「虫」となり「汚れた」が「毒」になったんですね。「虫」の古い意味を知っている世代が多い時代なら中々の名訳で~す」
星月夜「21世紀になって斬新な多和田訳が彗星の如く出現したのも、日本語における「虫」のイメージが狭くなってきたことへの対応のあらわれの一つなんでしょうね」
4.影響その3「死んで家族の役に立つ」
星月夜「『変身』のザムザは、かつて人間態だったころはサラリーマンとして父を含む家族を支えていましたが、ウンゲツィーファーになってからは家族の厄介者となりま~す。終盤で彼が死ぬことで、父ら家族は喜びました」
夕月夜「『ダイの大冒険』のザムザも、ずっとザボエラの役に立ちたいと考えていましたが、死と引き換えにやっと役に立てましたね。そしてそのときザボエラは喜びました」
雨月「神に背いた生物となって死んでいく息子と、その死を喜ぶ父との強烈な対比。おお、ここにも強すぎるほどの影響を感じるな~」
5.影響その4「父親は単純な利益しか理解できない」
星月夜「そして『ダイの大冒険』のザムザの「父親は単純な利益しか理解できない」という設定にも、『変身』は強い影響を与えました」
夕月夜「う~ん、いささか異論がありま~す。『変身』のザムザの父親はあまり金の話はせず、ウンゲツィーファーがいると一家にとって損だから早く死ねばいいと強く主張していたのはザムザの妹のほうで~す」
星月夜「実は『変身』の著者自身が、身勝手な実業家の父親に文学や哲学の価値を認めてもらえず、非常に苦しんだのよ。「金のことばかり考えている一家において、長男坊が急にニートになりしばらくして死んだとして、その件を家族はどう感じるか?」という思考実験を極端にしたような『変身』は、そういう意味では私小説的側面も強いのよね」
夕月夜「納得しました。つまり『ダイの大冒険』のザムザの物語は、名前の元ネタである『変身』のそのまた元ネタである著者の人生まで全部参考にして綴られた可能性が非常に高いというわけですね」
あとがき
夕月夜「先ほどの座談会をきっかけに、カフカの他の作品にも興味がわいてきました。今年中に一回ぐらいは「夕月夜の読書」シリーズでカフカを読もうと思いま~す」
雨月「不条理文学に関しては雨月のほうが先輩や。楽しく参加させてもらうで~」