夕月夜「本日の文責は、わたくし、夕月夜です」
御姉様の書いた記事「旅の覇者モンジには、「木枯し紋次郎」の他に、もう一人隠れたモデルがいると考えておりま~す」に影響され、『木枯し紋次郎』の一気読みに挑戦しました。
底本は光文社時代小説文庫(1997 - 98年)です。
物語の主な舞台と年代を中心にメモしていきます。
※第1巻
1-1.「赦免花は散った」 天保6年(西暦1835年)9~10月 三宅島→武州日野宿
最初の時点で主人公の木枯し紋次郎は30歳。約15年間渡世人をしているようでした。「木枯し」と呼ばれる由来は、口にくわえた細い竹の音色でした。
紋次郎は幕府の公式記録では水死したということになり、完全な「誰でもない人」になります。
1-2.「流れ舟は帰らず」 天保7年4月 上州厚田宿
冒頭の紋次郎が信州小田井宿の貸元の家に泊まる場面で、「渡世人に二杯のご飯を食べさせる」というルールが業界全体の流儀として語られていま~す。これは映像化もされているので、そのまま信じている人も多いようです。
でもこの作法の元ネタは、田村栄太郎という人が昭和13年に群馬県高崎市の一博徒にインタビューして聞いたローカルルールであったようです。この作法の件は、「江分利万作の生活と意見」さんの2018年10月14日の記事が詳しいです。
1-3.「湯煙に月は砕けた」 天保7年7~9月 豆州田方郡峰湯
強すぎる主人公の物語に多様性をもたらすためにしばしば書かれる、「偶然の弱体化により苦戦する」という典型の話でした。
乳児~少年時代の紋次郎に似た境遇のキャラクターを登場させることで、自然な形で幼き日の主人公に関する設定を叙述していました。
この話の運び方は、やはりプロです。
1-5.「水神祭に死を呼んだ」 天保8年4月 信州伊那宿近辺
「今は強い紋次郎だけど、老いたらどうなるか?」を、似た境遇と能力のキャラを使って描いた作品。
無宿人を主役とする本作の人気の秘密は、「脱サラ」を願うサラリーマンの願望が投影されていたからだとよくいわれます。
でもここで「老後の覚悟はできているか?」と厳しい現実を突きつけてきたわけです。
※第2巻
2-1.「女人講の闇を裂く」 天保8年7月 越後二本木
共同体による「庚申待」イベントとの対比を通じて、定住者を多少羨むという紋次郎にしては珍しい感情が描かれていました。
とはいえその共同体も、一皮剥くと血生臭い謀略が蠢いていたのですが。
2-2.「一里塚に風を断つ」 天保8年8月末 信州神戸(ごうど)
終盤に登場する二名の重要人物が、40km以上離れた地で偶然にも別個に紋次郎と触れ合っていたという設定が、非常にご都合主義的だったのが残念でした。
今回も紋次郎弱体化によるピンチの回でした。1巻の「湯煙に月は砕けた」では肉体のほうが損傷していましたが、今回は脇差が折れたという話。
でも最終的には名匠が作った逸品を入手できたので、ますます無敵になってしまいました。
2-3.「川留めの水は濁った」 天保8年10月下旬 大井川
「姉の命日には脇差を抜きたくない」という、紋次郎の新たな弱点設定が判明。
今回はその姉が生きている可能性が激減し、紋次郎はますます孤独で失うもののない立場へ。
2-4.「大江戸の夜を走れ」 天保9年3月初旬 江戸
紋次郎は江戸の雰囲気に飲まれ、普段は節制している酒と女で失敗をします。
「やはり普段のキャラでいるべきなのだ」と思い知らされる回です。
「堅気を傷つけない」という紋次郎の自負心が弱点となった回です。
※第3巻
謎の男「金蔵」の目的が終盤になるまで明らかにならず、普段の話では謎キャラの正体を直感で暴きまくってきた紋次郎も今回はかなり謎解きに苦労していました。
「渡世の旅鴉」としては紋次郎の次に恐れられていたという設定のキャラクターが死に、紋次郎はますます孤高の存在となりました。
普段は人と深く関わることを避けている紋次郎ですが、だからこそ「死人に対しては義理堅い」という設定が加わりました。
3-3.「木枯しの音に消えた」 天保9年11月末 上州玉村
生物としての紋次郎の出生地が上州三日月村であることは何度も語られてきましたが、精神的な意味で最も「故郷」に近く、かつトレードマークが楊枝になるきっかけとなったのが、上州神戸(ごうど)であることが判明しました。なお2巻の「一里塚に風を断つ」の信州神戸とは別の地で~す。
今回は息の合った連携攻撃で紋次郎を苦戦させる兄弟という敵が登場しました。弱体化していない状態の紋次郎が苦戦を強いられたのは、これが初かも。
3-4.「雪灯籠に血が燃えた」 天保9年12月 信州武石
いつも直感や足で悪人のトリックを暴く紋次郎ですが、今回は理屈を順序立てて謎を解いていく内面が詳細に描写されていました。
物語の都合上、紋次郎の「他人と関りを持たないようにしている」という設定は「今回は例外」の前置きとして文字で語られるだけで終わるケースが多かったわけですが、この話の終盤では紋次郎が苦難に喘ぐ他者を道端に見捨てていく場面がしっかりと描かれていました。
※第4巻
4-1.「無縁仏に明日をみた」 天保10年3月下旬 上州草津近辺
家業が太いからこそ趣味で渡世人をしているという、実質上の堅気が登場しました。
現代でも「サラリーマンになる必要のなかった人」が外見だけアウトローを演じているというケースが多々ありますよね。
4-2.「暁の追分に立つ」 天保10年5月 信州妻籠峠頂上付近
紋次郎が人助けをしないというモットーを曲げる理由はこれまでも様々ありましたが、今回は初出の「遠島生活のトラウマ」。流刑で苦労した老渡世人の願いを聞いてしまい、かなりの長距離を歩く破目になります。
4-3.「女郎蜘蛛が泥に這う」 天保10年6月半ば 信州高遠付近
気が弱い連続強盗の「煙の千代松」の背景事情が、徐々に明らかになっていきました。秀逸な筋書きでした。
4-4.「水車は夕映えに軋んだ」 天保10年2月末 武州大谷村近辺
今までは話の配置は作中の時間の流れに沿っていましたが、今回初めて少しだけ時間が遡りました。これ以後、こうした現象はしばしば起きるようになりました。
今回の事件は、シリーズに慣れているとキーマンが誰か程度までは見抜けるのですが、犯行の動機には驚かされました。
序盤で紋次郎を逆恨みした金満家が金の力で殺し屋を雇いまくったため、読者としても鷹の目で登場人物を疑いまくる立場に置かれました。もちろん作者はその目の裏の裏をかいてきました。
※第5巻
5-1.「馬子唄に命を託した」 天保10年9月下旬 三国街道
渡世人への闇討ちが得意な謎の暗殺者のせいで、紋次郎と地元の渡世人との間で一悶着が起きました。
この暗殺者については、いつも察しの良い紋次郎ですら途中まで正体を完全に誤解していました。「こういうケースもあるのか!」と驚きました。
5-2.「海鳴りに運命を聞いた」 天保10年1月下旬 九十九里浜
網元間の抗争で、紋次郎は一方に加担したと誤解されました。
夕月夜としては「それなら騒動を避けるために引き返せばいい。紋次郎には旅を急ぐ目的なんてないのだから」と思ったのですが、紋次郎は構わず進み続け、降り掛かる火の粉を払うと称して刃傷沙汰になりました。
3巻の「噂の木枯し紋次郎」では同じ天保9年9月に野州(現在の栃木県)板橋で活躍していたのに、今回の紋次郎は同月下旬に越後(現在の新潟県)から「清水越え」ルートで上州(現在の群馬県)に南下してきたという設定でした。中々忙しい動きです。
今回紋次郎の弱点として、「どんなに飢えていても蒟蒻だけは食べられない」という設定が登場しました。自身の来歴から「間引き」に嫌悪感のあった紋次郎ですが、幼馴染の弟の間引きに蒟蒻が使われたことで、蒟蒻にもトラウマが生じたそうです。
5-4.「駈入寺に道は果てた」 天保9年11月下旬 上州満徳寺付近
貸元の源兵衛の妻が縁切寺を目指します。源兵衛本人は一家の力だけで解決しようとしていたのですが、部下の巳之吉は独断で紋次郎の助力を得ようとしてしまいます。そして紋次郎が介入したことで、最終的に源兵衛一家は全滅してしまいました。
巳之吉の余計な行動が招いた悲劇でした。
5-5.「明鴉に死地を射た」 天保10年2月半ば 下総成毛村近辺
個体としては過去最強ともいえる戦闘力の敵が登場しますが、終盤まで腕前を隠していたので、それが誰であるかは秘密としておきます。