※第6巻
6-1.「錦絵は十五夜に泣いた」 天保10年9月(旧暦8月半ば) 上州渋川
「天保十年九月、旧暦八月の半ばであった」という表記が登場しま~す。素直に解釈すると、今までの月の設定は全部新暦だったことになりそうです。
6-2.「怨念坂を蛍が越えた」 天保10年11月初旬 野州鹿沼宿
死者が続出する「怨念坂」ルート。原因はともかくとして、皆がそのルートを避けることで丸く収まりかけていました。
でも折悪しく「目的もないのにひたすら直進する無敵の紋次郎」がやってきたことで、原因は解明され、そのついでに多くの使者が出ました。一種の天災みたいなものです。
6-3.「上州新田郡三日月村」 (天保7~10年)12月 上州新田郡三日月村
紋次郎の出身地である架空の村が舞台であり、何年の話であるのかは語られませんでした。
ただし10歳でこの村を飛び出した紋次郎が「二十数年」ぶりに帰ってきたという設定なので、ちょうど30歳であった天保6年ということはなさそうです。
また4~5歳だった少女が25~26歳になっていたという設定もあるので、天保7年と考えるのが一番自然ではあります。
ただし巻末の解説で文芸評論家の宗肖之介が「本書に収録されている五作品ともに、作中の現時点が天保十年(一八三九年)に設定されており」と言い切っているので、作品の外部で作者によりそういう設定が明かされた可能性は大いにあります。
なお「4~5歳」の話はセリフの中でのことであり、「25~26歳」は地の文での設定なので、前者が数え歳で後者が満年齢だった場合には、ぎりぎり天保10年まで時代をずらすことは可能です。
6-4.「冥土の花嫁を討て」 天保10年10月 美濃大井川
大水でどんどん水位が上がってくるのに逃げ場がないという状況下で、様々な人間のエゴが暴露されていきます。一種のパニックホラー。
6-5.「笛が流れた雁坂峠」 天保10年11月初旬 信州佐久→雁坂峠
「怨念坂を蛍が越えた」と同じく天保10年11月初旬の話。怨念坂が野州から西北に向かうためのルートであり、かつ今回は数日をかけて信州佐久から甲州と武州の境の雁坂峠まで移動していたので、同じ11月初旬でもこちらが後の時期の話かと思われます。
山越えの苦難が詳細に描かれていました。
※第7巻
7-1.「唄を数えた鳴神峠」 天保12年3月下旬 上信国境鳴神峠
今回の敵である海野の武右衛門は、紋次郎の「人を信じない」という性格を逆用して裏をかくという、知恵の面では過去最強の相手でした。
武右衛門は部下にも慕われており、動員した部下の数でも過去最高級であり、それどころか死後も彼への義理のために命懸けで戦う客分がいたほどでした。
武右衛門の謀略の件以外でも、やはり普段は紋次郎の生存率を上げてきた性格が旅のルート選びにおいて無用な争いの原因になっており、非常に皮肉な回でした。
巻末の細谷正充の解説によれば、『木枯し紋次郎』の連載は今回が一区切りであったそうで~す。「過去最強の組織犯・知能犯と戦って、滝の側で生死不明になる」というのは、解説でも触れられていましたが、『ホームズ』シリーズの「最後の事件」が意識されていると思われま~す。
7-2.「木枯しは三度吹く」 天保12年2月11~13日 上州甘楽村
今回の敵は力士崩れの六人の渡世人たち。刃物同士の戦いでは無敵だった紋次郎ですが、丸太で攻撃をしてくる巨漢との戦いでは勝手が異なり、かなり苦戦していました。
7-3.「霧雨に二度哭いた」 天保12年3月半ば近く 信州油井村
単純な双子トリックのように見えたのですが、中々奥が深いカラクリでした。
紋次郎は東日本有数の大親分である大前田英五郎の側近である「駒形新田の虎八」を殺してしまいますが、この件を今後も隠し通せるのか、興味津々です。
7-4.「四度渡った泪橋」 天保12年旧暦5月下旬 甲州下初狩
紋次郎は珍しく自発的に悪と戦います。
戦った理由について茶屋の老婆は様々な仮説を発しますが、紋次郎は全部否定して去っていきました。
ただし老婆の仮説は、ある意味では全部正解という雰囲気もありました。一つ一つは命懸けの戦いをするほどの理由ではないものの、その全部が積み重なることで紋次郎さえも動かしてしまったと解釈しました。
※第8巻
8-1.「念仏は五度まで」 天保12年初秋 信州諏訪
寛政10年に22歳だった人物が65歳という設定なので、天保12年と特定しました。
「六兵衛の蕎麦饅頭」という架空の信州名物が登場しますが、ひょっとすると九州の名物である「六兵衛まんじゅう」からの翻案なのかもしれません。
幼少期の紋次郎の知り合いが二人も登場しますが、紋次郎にとっては別に懐かしくないようでした。
「胎児や新生児には親切」という紋次郎の設定が久々に活かされた回でした。
8ー4.「砕けた波に影一つ」 天保12年晩秋 伊勢湾
シージャックもの。
当時の船は技術的に頼りないものであるため、船を占領した側も判断を少し誤ると全滅してしまうので、かなり緊迫した内容でした。
※第9巻
9-1.「鴉が三羽の身代金」 天保12年紅葉の時期 濃州今須宿
渡世人三人が賊に捕縛され身代金が請求される話です。当然ながら身代金は払われず見殺しにされる訳ですが、その経緯で泣かせてきます。
9-2.「四つの峠に日が沈む」 年代不詳紅葉の時期 飛騨下呂
何度か武士とも戦ってきた紋次郎ですが、今回は作者により地の文で過去最強という設定が語られた浪人と戦うことになりました。
またラストで「実はこの人物の正体は…」というオチが多い本シリーズを読みなれてきたこの夕月夜ですら、今回のオチには驚かされました。
紋次郎も読者も苦戦した回だったと思いました。
9-3.「三途の川は独りで渡れ」 (天保?~12年)冬 信州芝生田村
遠方での間引きを阻止するための親切な旅をしている紋次郎は、他のタイプの困窮者を次々に見捨てていきます。その姿勢は薄情に思えてしまいます。
でも「目の前の困窮者を見捨ててはいられない人」が代わりにこの旅をした場合、目の前にいない赤子のほうが踏み台になるわけです。
ラストでは今回の物語の内容が童歌になったことが天保12年の小諸藩の記録に記載されたという設定が語られますが、事件からその童謡化とその流行までにタイムラグがあった可能性もあります。
9-4.「鬼が一匹関わった」 天保12年冬 上州榛名村
いつもながら、ドロドロの人間模様でした。
※第10巻
10ー1.「虚空に賭けた賽一つ」 天保12年師走 上州亀穴峠
野生児のような八兄弟が多様な武器で紋次郎を襲うという、刺激的な回でした。
10-2.「旅立ちは三日後に」 天保11年春 上州大原村
最高の条件が揃い、紋次郎は定住しかけます。
しかし結局は旅に出ざるを得ない定めでした。
10-3.「桜が隠す嘘二つ」 天保11年旧暦3月13~14日 下総境町
紋次郎に「仁連の軍造」の養女殺しの嫌疑がかかり、多くの有力な親分達の前で申し開きをさせられます。
この時に裁判官を担当した大前田英五郎が冷静で公正だったために、紋次郎は命拾いをします。
この1年後を描いた7巻の「霧雨に二度哭いた」で紋次郎が大前田英五郎の側近を殺すことを読者としては知っているので、中々皮肉な気分になります。
10-4.「二度と拝めぬ三日月」 天保11年旧暦5月2~3日 信州中野
国定忠治との交流の話です。国定一家のファンには楽しい回かもしれません。