ほしづくよのドラゴンクエストX日記

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「サマルトリア」という名称は、サマルトリアの王子のキャラ設定に以下の影響を与えたかもしれませ~ん。

0.はじめに

 本稿では、「サマルトリア」という名称を分析し、それがサマルトリアの王子のキャラ設定に与えた影響について考えま~す。

 そのためにまず第1章では、名称ができた過程を公式情報から探りました。その過程はスタッフ内で共有されていた可能性が高いので、キャラ設定への影響力もそれだけ大きい可能性が高いからで~す。

 次に第2章では、第1章で確認した公式情報からの設定への影響を考えました。

 話をそこで終わらせず、第3章以下では公式には(まだ)語られていない「サマルトリア」に似た言葉にも想いを馳せました。それらもまだ語られていない第二第三の語源である可能性もありますし、あるいは偶然似ただけであってもスタッフの意識に間接的な影響を及ぼした可能性もありますからね。

 第4章では、第3章で確認した言葉からの設定への影響を考えました。

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1.公式の元ネタの確認

1-1.「サマル」

 これは堀井雄二氏本人が「コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス2016」の基調講演「ドラゴンクエストへの道 ~ドラゴンクエスト30周年を迎えて~」で語った内容とされているので、公式設定といえま~す。

 講演内容を要約したCNET Japan編集部の佐藤和也氏が書いた記事「堀井雄二氏がドラクエ30年の歴史とともに語った“ゲームデザイナーに必要なもの”」の3ページ目*1に、「「アレフガルド」は始まりを意味する「アレフ」、サマルトリア」は出会いを意味する「サマル」に、実在の地名を組み合わせて“らしさ”を出しているという」と明記されていま~す。

1-2.サマルカンド

 なおその後に堀井氏本人が別の談話で「サマルトリア」の元ネタがサマルカンドだと語ったという情報もありました。

 とはいえ元木洋一著『シルクロード大横断「絹の道」を歩く』の182ページによれば、サマルカンドの語源については複数の説があり、一説には「ペルシア語の「サマル(集まる)」と「ケント(町)」を由来とする」らしいで~す。

 だからこれは「サマル」とは別のもう一つの由来なんかではない可能性もありま~す。

2.公式の元ネタからと思われる設定

 サマルトリアの王子は、物語上はある地点でひたすら待っているというキャラではありませ~ん。

 「地元を出立する → 勇者の泉での通過儀礼を受ける → ローレシアにまで主人公を仲間にするためにやってくる → サマルトリアに帰還の途中に立ち寄ったリリザで偶然主人公と出会う」という背景を背負って仲間になりま~す。

 こういう設定には、やはり前章で確認した堀井氏の「サマルトリアの語源は「出会う」である」という言説の影響を感じま~す。

3.「サマリア」も影響力を持った可能性

3-1.「サマリア」および「善きサマリア人」について

 『旧約聖書』「サムエル記」にもあるとおりユダヤ人たちはイスラエル王国を建てますが、この王国はやがて南北に分裂し、北のほうが先に滅びま~す。北王国を滅ぼしたアッシリアが滅びると、その故地でまたユダヤ教に似た宗教を信じるサマリア人たちが復興しますが、南のユダヤ人には彼らを同胞とは見なさない人が多かったそうで~す。

 そうした情勢の中、『新約聖書』「ルカ福音書」によればキリストは律法の「隣人を愛せ」の「隣人」の解釈をめぐり、「善きサマリア人のたとえ話」をしたとされていま~す。

 あるユダヤ人が強盗の被害に遭って倒れているときに、その被害者を無視して立ち去ったユダヤ人とその被害者を助けたサマリア人とでは、サマリア人のほうが被害者の「隣人」だ、という話で~す。

3-2.「サマルトリア」と「サマリア」をつなぐ回路

 「サマルトリア」は並びかえると「ルト・サマリア」となりま~す。

 そして『旧約聖書』の「ロト」は、『クルアーン』では「ルート」と発音されま~す。

 加えてサマルトリアには、ローレシアと同じくロトの勇者の家系という設定もありま~す。

 ゆーえーにー、以上が偶然であれ必然であれ、「サマルトリア」には「ロト版のサマリアというイメージがわくようになっていま~す。

 このイメージがスタッフの脳に作用すれば、サマルトリア王国およびサマルトリアの王子の細かな設定を作るさいに、意識的か無意識的かはともかくとして、地球のサマリアおよび善きサマリア人のたとえを参考にすることもあったでしょう。

4.「サマリア」からと思われる設定

4-1.サマルトリア城の位置

 開発の初期段階では、サマルトリアは現在の湖の洞窟の位置にあったといわれていま~す。

 それが完成版の位置になった理由は、直接的にはゲームバランスのためで~す。

 でも「ロト版のサマリア」のイメージが、序盤のゲームバランスを簡単な方向に近づけるための工夫をしているスタッフの脳に作用し、「ならばその起源たる北イスラエル王国のごとく、ローレシアから見てより「北」の方角に近づけよう」という発想を生む一助になった可能性は十分にありま~す。

4ー2.サマルトリアの王子の能力と成長

 ファミコン版のサマルトリアの王子は、切り札のベギラマが公式ガイドブックよりも弱く、これは設定ミスの噂もありました。回復呪文でも後から加わったムーンブルクの王女に全然かないませ~ん。また中盤までの成長も遅く、しばしば死んで全体の足を引っ張りました。

 とくに名前が「すけさん」だった場合は、当時頻繁に放映されていた『水戸黄門』の主題歌『ああ人生に涙あり』の歌詞「あとから来たの(ムーンブルクの王女)に追い越され」が思い浮かぶ仕組みになっていま~す。

 ところが終盤でサマルトリアの王子復権しま~す。

 強盗(旅人を殴ってゴールドを半分盗んでいくモンスターたち)に殺され動けなくなった仲間をザオリク救えるのは、彼だけ。自己犠牲の精神メガンテを唱えて全体を救えるのも、彼だけ。シドー退治が苦手なプレイヤーがレベル上げにたよった場合、終盤でもっとも能力が伸びるのも、彼。

 ここまで来るともう、彼のほうが追い越していく側の「あとから来たの」で~す。峻烈な『ああ人生に涙あり』の歌詞よりも、『新約聖書』の「マタイ福音書」の「あとの者が先になり、先の者があとになる」のほうが思い浮かびま~す。途中まで彼を「このエセ分家め!」と忌み嫌っていたプレイヤーからも、このあたりで大切な隣人として見直されたことでしょう。

 以上のサマルトリアの王子の不自然な成長曲線の理由は、直接的にはテストプレイ不足といわれていま~す。

 でも「善きサマリア人のたとえ」のイメージがスタッフの脳に作用して、「最終的には有用な隣人になるのだから、序盤の能力の調整を我々が多少怠けて仮に一時的に嫌われキャラになったとしても、別にいいじゃないか」と手を抜かせた可能性は、十分にあると思いま~す。