0.はじめに
昨日の記事で「無視すべき」という評価を与えた冥獣王ネルゲルの「すべてを死に帰せし者ぉぉ」宣言について、問題点を解説しま~す。
1.文法問題
まず現代口語の文法では「帰せし」という表現は説明ができませ~ん。そこで古典文法で解釈することになりま~す。
サ行変格活用動詞「きす」の未然形「きせ」に、助動詞「き」の連体形「し」を接続させれば、「帰せし」という表現自体はありえま~す。助動詞「き」は原則として連用形に接続しますが、サ行変格活用動詞の未然形には連体形か已然形で接続することができま~す。
でもサ行変格活用動詞「きす」は自動詞なので、使役の表現に頼らずに主語のネルゲルではない何かを死の状態に戻すことはできませ~ん。
では「帰せし」を「かへせし」と読んだならばどうでしょうか?
サ行四段活用動詞「かへす」ならばたしかに他動詞で~す。
でもサ行四段活用動詞に対しては助動詞「き」は原則どおり連用形に対してのみ接続するので、この場合は「かへしし」としなければなりませ~ん。
2.時系列の問題
前章の接続や使役の問題を「ちょっとした言い間違い」としてスルーしたとしても、まだ問題が残りま~す。
「帰せし者」の「し」は助動詞「き」の連体形「し」であり、これは過去を意味しま~す。
だからこの宣言は、「私は遠からず、世界中の全生物を殺します」という予告の意味ではなく、「私はかつて、世界中の全生物を殺したことがあるんですよ」という自慢気な脅しの意味だったことになってしまいま~す。
有史以前から存在し活躍していたモンスターであればそういう業績を持っている可能性もありますが、若輩者のネルゲルにそんな業績があろうはずがありませ~ん。
しかもこの宣言は「我は冥獣王ネルゲル!!」に続くものなので、なおのことおかしいで~す。冥王ネルゲルとしてならば全生物とまではいかなくともエテーネの村人を数多く殺した業績がありましたが、冥獣王の立場ではまだ一人も殺せていなかったはずで~す。
3.間違いの原因と真意を推察する
前述のとおり、「帰せし」という表現自体は正しい文法の中にも存在していま~す。
おそらくこの宣言を執筆したスタッフは、大昔にどこかで正しい用法の「帰せし」を見かけて、それを間違った形で流用してしまったのでしょう。
なぜ間違えたかですが、前述の使役表現の欠如の問題と併せて考えるに、おそらく発音の似ている「せしむ」からの連想でしょうね~。
「せしむ」はサ行変格活用動詞「す」の未然形に使役の助動詞「しむ」の終止形を接続させたものであり、「させる」の意味になりま~す。
つまり「せしむ」の「しむ」の部分にこそ使役の意味があるのですが、そういったことを考えずに「「せしむ」は「させる」だ」ということだけ覚えて生きてきた人ならば、「せし」の部分に使役の意味があると誤解してもおかしくはありませ~ん。
だから「きせし」を本来の意味である「帰った」ではなく「帰させる」と誤解してしまったのでしょう。
ならばスタッフがここで本当に言わせたかった内容は、おそらく「すべてを死にきせしむる者ぉぉ」ですね。「きせしむる」は、「きす」の未然形に「しむ」の連体形を接続させて作りました。
なおサ行四段活用動詞「かへす」のほうにこだわる場合は、単に連体形にして助動詞を削除して「すべてを死にかへす者ぉぉ」となりま~す。ただしこちらを採用すると、なぜスタッフが間違えて過去を意味する「し」なんてものを書きこんでしまったのかの説明が困難になるので、「すべてを死にきせしむる者ぉぉ」のほうが真意である確率が高いでしょう。
4.第二宣言との整合性は?
前章では徹底的に好意的に「すべてを死に帰せし者ぉぉ」について「本当に言わせたかった内容」を考えてきましたが、仮に当該部分を「すべてを死にきせしむる者ぉぉ」と修正したところで、第二宣言が「我の前に 立つ者すべてにぃぃ 等しく 死を与えん!!」と第一宣言より後退している件の説明はなお困難で~す。
主人公に光の足場が与えられたことにおそれおのののき、パクレ警部の「……と思ったが、今日は 機嫌がいいので 特別に 見逃してやるのである!!」*1とほぼ同じ意味を遠回しに語ったのだとすれば、ギリギリ整合性があることになりますが、それはかなり強引ですよね。
5.普段は文法に関してあまり騒ぎませ~ん
文法の問題を告発すると、「通じればいいんだよ。大半の言語学者も「間違った日本語」なんて存在しないという立場だ。それにただの書き間違いかもしれない。だからあまり小うるさいこというな」などの反論が寄せられやすいので~す。そして実は原則として星月夜自身もそういう立場で~す。
過去の助動詞「き」がカ行変格活用動詞とサ行変格活用動詞以外の動詞に対しては連用形に接続しなければならないという問題は、擬古文で間違いを見つけるたびに一々告発していたのではキリがありませ~ん。
たとえば同じムービーの中にすら、他にも光輪の創り手からのメッセージに「私の創りだせし 光輪の上を」という部分がありました。
まず「つくり」はラ行四段活用の他動詞「つくる」の連用形で~す。
つぎに「だ」ですが、文脈上現代語の「出す」の意味を込めたかったのはわかるのですが、これは古語では「いだす」と発音するのが原則で~す。
「いだす」は前述の「かへす」と同じくサ行四段活用なので、過去の助動詞「き」を接続したいのであれば、「いだし」と連用形にしなければなりませ~ん。
よって「創り出した」を本当に古語調で表現したかったのなら「私の創りいだしし 光輪の上を」というべきだったということになりま~す。
でもこの程度なら実際に伝えたかった意味を瞬時に把握できるので、告発する必要性はほとんどないと思っていま~す。
文法のミスに甘い星月夜が重い腰を上げて例外的にネルゲルのいかれた宣言を批判したのは、接続の問題のみならず、「過去なのか」や「使役なのか」や「直後の第二宣言との整合性はあるのか」といった問題が複雑怪奇に絡み合い、とことん意味が不明になっていたからなので~す。
6.結論
つまり冥獣王ネルゲルの意味不明な第一宣言なんかよりも、ウバダバの発言のほうがずっとまともだというわけで~す*2。
可能なら今すぐ修正してほしいで~す。
どうしても修正したくないなら、せめて未来永劫、声優さんにこんなふざけた文章を読ませるという暴挙だけは避けてほしいもので~す。
(2022年9月24日追記)
クラウスさんからの情報で~す。
オフライン版ではこのネルゲルの異常なセリフが修正されないまま、ボイスまでついてしまったようで~す*3。
ついに怖れていた事態に突入してしまいました。