0.はじめに
本稿は昨日の記事の続きで~す。
ウバダバに特化した内容ではありますが、前篇の内容を前提としている部分もあるので、先に前篇をお読みくださ~い。
1.初対面時のウバダバ
ウバダバとの初対面は5.1メインストーリーの最中でした*1。このときは「死せる大魔王は 魚を食べずに またがりますか? ゲハゲハゲハ!」と意味不明な話を語られ、大いに困りました。
死んだ大魔王が魚を食べずに「何か」にまたがるかどうかを質問していて、そのまたがる「何か」が本人にとっては省略可能な聞き手との共通了解事項のつもりであり、その質問が本人にとっては皮肉や冗談のつもりだ、ということまでは理解できました。
でもそのまたがる対象が不明だったので、まるで要領を得ませんでした。
この発言はアストルティアで聞いても十分に愚かしいものですが、「死んだ魔王より生きている使い魔」という諺のある魔界での発言だったため、ますます死せる大魔王にこだわっているウバダバが愚かしく思えたもので~す。
2.さらなる失墜
さらに5.2メインストーリーを進めると、『亡国の記憶 ~ネロディオス覇王国~』という書に出会えました。
この書によると、魔界の長い歴史の中で不死のチカラを持っていたのはネロドスだけとのことでした。
思い起こせば4.1メインンストーリーでは、ネロドスにとってアルヴァンと主人公の連合に負けたときこそが初の死であり、しかもそこから復活できないまま不死のチカラをパドレに奪われ、完全に死んでしまいました*2。
よってこの本から学んだ設定により、「死せる大魔王」という立場の者が魚を食べるかどうかを主体的に決断してその後に何かに能動的にまたがったりするような事態は、5.1時代よりもさらに非常識な想定となりました。ネロドス以外にはそんな能力がなく、ネロドスにはそんな機会がなかったのですからね~。
3.まさかの復権
しかしその直後、主人公が大魔王に即位しました。
戴冠式には有耶無耶な部分もあったのでジャゴヌバから正式に認められたかどうかは不明ですが、魔界の有力者たちは主人公を正式な大魔王と認めました。
この主人公は5.0で「闇の根源の幻影」*3から、「二度死せる者」と認定されていました。
こうして魔界初の「死せる大魔王」が現実化したので~す。
さらにしばらくして大魔王の即位祝いとしてバルディスタから「魔界馬プリズム」が贈られました*4。
死せる大魔王は、魔界馬にまたがりました。
こうしてウバダバが予言者であったという可能性が出てきました。
地球でも、ギリシアのデルポイの神託など、トランス状態の宗教家が曖昧な神託を叫び周囲がその内容を解釈するという形式の占いが多々ありま~す。
4.予言者説の裏づけ
常時トランス状態のウバダバが、解釈者の手を借りる必要のある不完全な予言者だとすれば、ウバダバの裁判をナジーンが意図的に遅らせていた件もますます納得がいきますね。予言が国益になるから生かしておいたのでしょう。
これを裏づけるのが、「不自然な波のあるナジーンの勘」で~す。
5.1のナジーンは、主人公が一時的にユシュカと敵対しようとも最後はユシュカのためになる人物だという勘に従って行動しており、その勘は大正解でした。
しかし5.1の主人公と似たような立場の5.0のシシカバブについては、ファラザードへの降伏を予想だにしていませんでした。そしてちょうどシシカバブがファラザード軍に加わったころ、シシカバブの依頼でズムウル峠を荒らしていた連中を苦労して討伐するという軍事費の無駄遣いをしてしまっていました。
また魔界大戦の勝利のカギは僅か一振りの魔剣アストロンだという常識外れの予測を立て、これもまた大正解となりました*5。
しかし本当に昔から魔剣アストロンの価値を理解していたのならば、大戦が始まってから「偵察」と嘘を吐いてまで危険を冒して一人で回収しにいく*6のではなく、平時に多数の強者を引率して絶対安全な状況で回収しにいくべきでした。
人物評価といい武器評価といい、対象や時期によってナジーンの勘は非常に冴えわたる場合もあれば非常に鈍ってしまう場合もあるということが、上記の四例から明らかで~す。
この「不自然な波のあるナジーンの勘」は、自身の予知能力や直感によるものではなく、不定期で曖昧なウバダバの予言を解釈することによるものであったと考えれば、極めて自然で~す。
5.残された謎「魚を食べずに」
さて、仮にウバダバが予言者であったとした場合、「死せる大魔王」が「またが」ったところまでは当たったわけですが、これだけでは「ゲハゲハゲハ!」につながる皮肉にはなりませんね。
そこでこの「魚を食べずに」について、何の比喩であるかを考えてみました。
※「キリストの庇護を受けずに」仮説
以前「『大審問官』と「大審門」の関係 そして明かされるモーモン王国と「荒野」の真実」という記事で、ジャゴヌバと魔仙卿と大魔王の三者の関係が、キリストとローマ教皇と皇帝の三者の関係に類似していると書きました。
また地球では「キリストは神の子であり救世主である」という意味の"ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ"というスローガンの頭文字を並べた"ΙΧΘΥΣ"が「魚」の意味になることから、魚はキリストの象徴とされま~す
そして主人公は戴冠式でジャゴヌバと正式な契約を交わしませんでした。
これらの情報を総合した観点からウバダバの発言を超訳すると、「二度死んだ経験を持つあの大魔王は、ジャゴヌバから正式な庇護を受けたわけでもないのに、偉そうに即位記念の馬にまたがるんですか? わっはっは!」となりま~す。
夕月夜「この説の弱点は、運営が比喩として使った異世界の宗教で使われる比喩表現をさらに流用しているため、暗号の度が過ぎているということですね。地球人なら解釈できても、魔界人には無理ですよ」
※「実利を得られずに」仮説
何かを「食べる」という行為は、実利を得ることの比喩として広く使われま~す。
主人公は大魔王になったものの、一般人の間での知名度は低く、フィールドモンスターにはなめられ、直轄領は辺鄙で貧しいデスディオ暗黒荒原のみで~す。
この観点からウバダバの発言を超訳すると、「二度死んだ経験を持つあの大魔王は、諸大国の傀儡にすぎず、その座にふさわしい実利を得られてないというのに、偉そうに即位記念の馬にまたがるんですか? わっはっは!」となりま~す。
暁月夜「この説の弱点は、「魚」より「果実」のほうがより適切な比喩になってしまうということだな」
※「魔界に渦巻く復讐心を飲み込まずに」仮説
歴代の大魔王には、魔界に渦巻くアストルティアへの復讐心が結集しました。
主人公だけが例外的にその復讐心と一体化せず、また今後もそうであることを魔仙卿に期待されました。
この観点からウバダバの発言を超訳すると、「二度死んだ経験を持つあの大魔王は、歴代大魔王と違って魔界に渦巻く復讐心を飲み込まなかったというのに、偉そうに即位記念の馬にまたがるんですか? わっはっは!」となりま~す。
雨月「「みんなのうらみ」を魚が象徴だなんて、まるでトンベリ族やな。ついでなので宣伝。FFXIVコラボイベント「お花大好きクポ!」が再演中なので*7、未体験のかたはお忘れなく~」
卯の花月夜「二日がかりの記事のオチがこれかよ」
(2021年7月14日追記)
本稿は「ウバダバは予言者」というところまでは正解でしたが、「何にまたがるのか?」では壮大に外しました。
詳細はこの記事にて。
*1:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2020/02/18/200000
*2:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2018/03/08/000000
*3:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2019/12/07/200000
*4:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2020/06/12/200000
*5:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2020/02/19/200000
*6:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2020/02/17/200000
*7:https://hoshizukuyo.hatenablog.com/entry/2020/07/10/200000