0.はじめに
本稿では、魔界において「覇王」とはどのような意味を持つのかを、5.3時点までの情報と地球史における覇王との対比から考えました。
1.設定の確認
5.2でネロドスの直轄国が「ネロディオス覇王国」であることが判明しました。
この時点での「覇王」には、深い意味がある可能性と単に格好いいだけの名称である可能性とが混在していました。
その後5.3で他にも「ズムーラ覇王国」という強国が存在したことが判明し、「覇王」に深い意味がある可能性が一気に高まりました。
そこで本稿では、ネロディオスの「覇王」とズムーラの「覇王」とが共通の意味の単語であることを前提にした考察を行いま~す。
2.地球の覇王史
本章では地球の「覇王」の歴史を語りま~す。前史の部分がかなり長いので我慢してくださ~い。
2-1.周王朝健在期
周王朝が健在であったころ、周王の部下たちである諸侯の代表格は「方伯」と呼ばれました。
少しややこしいのですが、この「伯」は後世に整理された五等爵制の第三等の「伯」とは基本的に別物で~す。
これを図式化すると「周王 - 方伯 - 一般諸侯」となりますね。
2-2.周王朝衰退期
やがて周王の権威が低下して諸侯同士が自由に戦争や同盟をしたりするようになると、自力で強くなった者が諸侯会議で牛耳を執るようになっていき、かつての正式な方伯に代わる立場を有するようになっていきま~す。
このころからそうした諸侯の代表を、「伯」ではなくその転化である「覇」と表記することが増えていきました。
また増長した諸侯は周王と同格の「王」を名乗るようになっていきま~す。
これを図式化すると「周王 - 覇(伯) - 一般諸侯王」となりますね。
2-3.秦による統一
そして秦の始皇帝が周末の分裂時代を終わらせると、ほぼ完全な中央集権制が行われ、「諸侯」という立場は僅かな例外を除いて消えました。
2-4.秦の滅亡直後
始皇帝の死後に各地で再び亡国が再興し、秦を滅ぼして新体制が始まりま~す。このときはトップに楚の義帝が立ち、その下に諸王が立ち並び、代表格が覇王(伯王)とされました。全員の称号が格上げになったものの、ある意味では平和な時期の周王朝に近い体制となったわけで~す。
「覇王」という単語は日常でもしばしば目にするメジャーなものですが、実は正式な覇王はこの時代の覇王である項籍ぐらいのものなので~す。
そしてこの覇王の項籍は上司である義帝を殺してしまいましたが、代わりに傀儡の帝を立てたという記録もなければ自ら帝に昇格したという記録もありませ~ん。覇王の上司の帝は、在位の時期もあれば空位の時期もあったというわけで~す。
これを図式化すると、「楚義帝(空位も可) - 覇王(伯王) - 一般諸侯王」で~す。
2-5.項籍の死後
その後の中国史では、「覇」という存在を卑しむイデオロギーがどんどん強くなり、覇王を名乗りたがる者は減っていきました。また中央集権化と中央の官僚制の整備も進んだため、覇王の実質を持つ者も減っていきました。
こうして覇王という称号は、蔑視を含んだ他称や反乱軍の頭目の自称ぐらいでしか見かけなっていくので~す。
3.覇王時代の体制を魔界の制度に当てはめる
史上唯一の実質的な覇王であった項籍の活躍した時代の体制「楚義帝(空位も可) - 覇王(伯王) - 一般諸侯王」を、『ドラゴンクエストX』の魔界に当てはめてみましょう。
ここでの「楚義帝」は、定員が一名で空位でもいいという意味で、魔界の大魔王と非常に似通っていま~す。
そして「一般諸侯王」は、複数名いてもよくて一地方の代表という点で、魔界の魔王と非常に似通っていますね。
こういった上司と部下の類似性も考えると、やはり魔界の覇王とは地球の項籍のような立場だとみるべきでしょう。
すなわち、「諸侯王の中では最強であり、魔仙卿から大魔王に選ばれなくてもその武力によって魔界全土を実質的に支配しているものの、他にも有力な諸侯王が残っている状態」の魔王の国が「覇王国」なのだと思いま~す。
図式化すると、「大魔王(空位も可) - 覇王 - 一般魔王」というわけで~す。
4.ほぼ項籍なズムーラの最後の王
ズムーラ覇王国の最後の王のイメージは、個人としても覇王項籍にほぼ完全に重なりま~す。
項籍は中国の実質的支配者でした。そして駆け出しのころに大蛇を退治したことでも有名な挑戦者の漢王劉邦にも何度も勝つのですが、最終的には劉邦に滅ぼされてしまいま~す。そして劉邦は覇王どころか皇帝にまでなりました。
ズムーラの最後の王もおそらくは魔界の実質的支配者でした。そして駆け出しのころに大ダコを退治したことでも有名な挑戦者のヴァルザードにズムーラ城門攻防戦で勝利しましたが、最終的には滅ぼされてしまいま~す。そしてヴァルザードは覇王どころか大魔王にまでなりました。
ヴァルザードがズムーラ城門攻防戦で一度は敗北したという設定には、それを盛り込む物語上の必然性がないので、おそらく運営は項籍と劉邦の楚漢戦争の経緯を強く意識したのでしょう。
5.やや薛挙なネロドス
項籍の死後にまともな覇王は出現しなかったのは前述のとおりなのですが、その後の有象無象の自称覇王たちの中で一番マシなのは、隋末の群雄の一人である薛挙で~す。
『旧唐書』薛挙伝によると、薛挙は隋末の混乱期に一族及び十三名の同志たちとともに中国西部で挙兵をして、一定の領土を得て「西秦覇王」を自称しま~す。さらに隋軍を相手に連戦連勝をして自らを「秦帝」へと昇格させますが、同じく隋から自立した唐に手こずっているうちに病死してしまいました。だから中国の正式な歴代皇帝とは認められていませ~ん。そして後継者は、やがて正式な歴代王朝に数えられることになる唐によって滅ぼされま~す。
魔界西部出身のネロドスは覇王だったのがさらに大魔王になりました。ただしアストルティアでは大魔王どころか覇王とすら呼ばれず「不死の魔王」の名のまま終わりました*1。死に方も突然死の印象が強かったで~す*2。彼を滅ぼした者の一人は大魔王になりました。
そしてネロドスの有力な部下は魔軍十二将でした。薛挙の同志の数には一将足りなかったわけですが、4.1クリア後のサブストーリーに登場したネグールドラゴン*3には、「魔軍十二将にあこがれており 十三将の座を狙っている」という設定が与えられました。
これまたヴァルザードの一時的な敗北同様に物語上は不要な設定であるので、運営がネロドスに薛挙的な「十三」のイメージを意図的に付与しようとした可能性がありま~す。