0.はじめに
本稿は、グランゼニスの最大の元ネタがギリシア神話の"Ζεύς"(ゼウス)であることを前提にした上で、『妙法蓮華経』の天王如来の影響もある可能性を主張するもので~す。
1.「ダーマ神≒仏陀」説のおさらい
まずは「「ダーマ神≒仏陀」仮説を発表しま~す」という記事で書いた、「ダーマ神≒仏陀」説のおさらいをしておきま~す。
『ドラゴンクエストIII』(以下、『III』)におけるダーマ神殿の、名称、位置、「卍」マーク、とりわけ遊び人を差別するカースト制度を打ち破ってバラモスに勝ちやすくする制度、賢者の尊重、異世界にも偏在、といった諸々のイメージが、仏教と酷似しているというのがその根拠でした。
その後、輪王ザルトラに仏教を保護する政治家「転輪聖王」のイメージが投影されているということ*1、ザルトラの主君である偉大な召喚術師はツンデレな部下とも相性が良いという設定なのでダーマ神殿のスキルマスターである可能性が高いということ*2、ザルトラの同僚である震王ジュノーガは仏の典型的な乗り物である白象のイメージが投影されているということ、スキルマスターは三尊像形式へのこだわりが強いということと、剣王ガルドリオンは文字通り仏教を守護する獅子である可能性が高いということ*3、と補強証拠が次々に蓄積していきました。
本稿ではこの説の正しさを前提に話を進めま~す。
2.「Xのグランゼニス≒ゼウス」説のおさらい
古き神の遺跡に描かれた邪竜の絵から見るに、ナドラガ神にはギリシア神話の"Τυφών"(テュポーン)のイメージが投影されており、苦戦の末に兄弟であるテュポーンを倒したゼウスに当たるのが、兄弟であるナドラガ神を苦戦の末に倒したゼニスだ、というのが「ナドラガ神に投影されたテュポーンのイメージ & 「オルストフ」の名が示唆するもの(第二仮説)」という記事の主張でした。
これも本稿の前提としま~す。
3.上記二説を統合する架け橋を求めて語源を探る
以上の二つの仮説は自分でも見事な出来栄えだと思っていましたが、惜しい事に二つの説の架け橋の部分が長らく欠けていました。強靭な架け橋さえ作れば、互いが互いを証明することにもなり、大統一理論としてさらに強力な説となりま~す。
架け橋になりそうな格好の設定として、本作中にはダーマ神とグランゼニスが友人であるという設定がありましたが、これの元ネタが長らく不明だったので~す。ゼウスと釈迦が友人であったなどという神話は聞いたことがありませ~ん。
ただし「ゼウス」と語源を同じくする"Deus"(デウス)ならば、仏陀の友人という設定のある物語がありました。最近ある記事のコメント欄で話題にもなった『聖☆お兄さん』という漫画では、デウスと三位一体の関係にあるキリストが、仏陀と友人でした。
実はこれが最大のヒントになりました。
といっても、「ダーマ神とグランゼニスが友人である件の元ネタは『聖☆お兄さん』だ!」などという異常な説は提唱しませ~ん。この作品は単なる発想のヒントで~す。
ゼウスもデウスも遡っていけば印欧祖語の"*dyew-"に行きつきま~す。「天」や「天国」や「輝き」を意味する語で~す。
ドラゴンクエストシリーズにおいては、「ゼニス」という単語にこの原義が色濃く残っていま~す。『ドラゴンクエストVI』(以下、『VI』)でもリメイク版『III』でも天空または天界の城の主とされていま~す。
またどちらの作品でも「王」のドット絵が使われており、「天の王」としての立場が強調されていま~す。
そして仏教界でも、この"*dyew-"に由来する名を持ち、かつグランゼニスと共通点の多いキャラクターがいました。彼こそが架け橋になるのではないかと期待して考察を進めたところ、辻褄の合う説ができました。
その仏教系のキャラクターとは、"देवदत्त"(デーヴァダッタ)で~す。漢訳仏典に音訳された「提婆達多」の表記が日本では有名ですね。「提婆」の部分が「ゼウス」と同じく「天」に由来していまして、「達多」は「与える」を意味しま~す。なので意訳すると「天与」などの表現になりま~す。
提婆達多は釈迦の従兄弟であり弟子でもあったのに、やがて仏教から独立して類似の新宗教を作ったため、多くの仏典では悪し様に描かれていま~す。
でも独立にいたる経緯は堕落の結果としての活動ではなく、むしろ仏陀が制定したものよりも厳しめの戒律を目指そうとした結果の活動だったとする説も有力で~す。
このためか、提婆達多は仏典によっては高い待遇を受けることもありました。特に『妙法蓮華経』提婆達多品では、前世において釈迦の前世の「善知識」という設定でした。「善知識」とは、「良き友人兼師匠」みたいな意味の仏教用語で~す。そしてこの前世設定により、遠い未来に神々の王である「天王如来」となって多くの人々を救う者だと釈迦に予言されていま~す。
5.グランゼニスの「穏健化を伴う転生」説
さて『ドラゴンクエストX』(以下、『X』)は、イベントにおけるサンディと聖天の使いの会話内容*4などから『ドラゴンクエストIX』(以下、『IX』)と一定のつながりがあり、かつ時系列的に未来の世界であると認識されていま~す。
同時にまた、両作に登場する「グランゼニス」に関しては、『X』と『IX』とで設定が違いすぎる上に『IX』の未来のはずの『X』での出演時のほうが若い設定なので、名前が同じだけの別人との説のほうが同一人物説よりも強いですね~。
しかしここで、「『IX』のグランゼニスが『X』のグランゼニスに転生した」と考えてみましょう。
かつてグレイナルがグランゼニスの「復活」を予言していましたが、「転生」もまた一種の復活で~す。
こう考えると、『IX』より『X』のほうが未来のはずなのに『IX』のグランゼニスより『X』のグランゼニスのほうが若くて業績の少ない神であることが、完全に説明できますね。
6.「穏健化を伴う転生」という物語の類似性
前章の仮説に従うと、ドラゴンクエストシリーズにおけるグランゼニスの設定は、一般的な仏典における背教者設定と『妙法蓮華経』の設定の両方を信じる人にとっての提婆達多に似てきますね~。
すなわち、『IX』のグランゼニスは人類を滅ぼそうとしたために悪役扱いされやすい存在であるものの、それは強すぎる正義感が暴走した結果でした。これは真面目すぎたせいでかえって仏教の精神から乖離してしまった提婆達多に似ていますね。
そしてグレイナルのやがてグランゼニスが復活するという予言は、近隣の異世界に輪廻転生してルティアナの末子となるという形で成就したことになりま~す。これは『妙法蓮華経』で釈迦が予言した、提婆達多の転生に対応していま~す。
今生ではその欠点が長所の裏返しでもある人間族をしっかり作り、世界をナドラガから救いました。母や兄や姉が全滅したこともあって、繰り上げ式に「神々の王」にもなりました。またダーマ神が友人であるという設定も強調されました。これは転生後の提婆達多が仏教に復帰して天王如来となり多くの人を救う物語に対応していま~す。
7.「時の王者」という奇妙な称号の由来
グランゼニスと語源を同じくする単語は提婆達多だけではなく、かつ提婆達多伝説は『妙法蓮華経』に語られるものだけではありませ~ん。なので星月夜がこの類似する物語を見つけてきたことにつき、大いに驚いてくれるかたもいらっしゃるでしょうし、あるいは大胆過ぎると批判をされるかたもいらっしゃるでしょう。
しかしこの二つの物語の結びつきは実はかなり堅実でして、前章で語った主役の転生の前後の類似性のみならず、「時の王者」という称号も連結部分になっているので~す。むしろこれこそが最大の結びつきとすらいえま~す。
この「時の王者」という称号、普通に考えるとやや奇妙ですよね。「時渡り」とは直接関係がないので、「その時代の王者」みたいな意味で~す。でもそういう意味を表現したいのであれば、もっと的確な言い回しがありそうで~す。「現代の王者」とか、「三代目の王者」とか。それなのになぜこういう表現を用いたのか、ずっと気になっていました。
実は長い長い『妙法蓮華経』に「時王者」という表現が一回だけ出てきま~す。その一回こそ、提婆達多品で釈迦が自分と提婆達多の前世を語る場面で~す。「爾時王者 則我身是 時仙人者 今提婆達多是」とはっきり書かれておりまして、意訳すると「その時の王者こそ私であり、その時の仙人こそ現代の提婆達多なのだ」ぐらいの意味になりま~す。
すなわち、『IX』でグランゼニスの改心的な再生を予言したグレイナルの同志こそが『X』の「時の王者」であり、『妙法蓮華経』で提婆達多の改心的な転生を予言した釈迦の前世こそが「爾の時の王者」だったので~す。
『X』では、災厄の王を倒す物語としては再登場する必然性のないグレイナルが再登場し、さらに他の表現でもいいはずの「時の王者」なる称号がグレイナルに結びつけられました。
この不自然さこそが、グランゼニスと提婆達多とが語源のみならず『妙法蓮華経』提婆達多品を通じてもつながっていることの最大の証拠であると、星月夜は考えま~す。
この写真は、植木雅俊(2008)『梵漢和対照 現代語訳 法華経 下』岩波書店の86ページの一部のコピーで~す。
8.まとめ
星月夜は、「ダーマ神≒仏陀」であり「グランゼニス≒ゼウス」であると提唱してきました。
そして両説の架け橋である「ダーマ神とグランゼニスは友人」という設定も、グランゼニスの位置づけが『IX』と『X』とで異なる理由は転生をしたからだと考えると、一気に元ネタが見つかりま~す。
それは、グランゼニスやゼウスと語源を同じくする提婆達多の『妙法蓮華経』における「天王如来」化で~す。
語源や設定の類似性や歴代のドット絵も根拠ですが、「時の王者」という称号の奇妙な表現とその使われかたこそが最大の根拠で~す。